呼び慣れたわたしの名前を何度も、ふたりしかいない部屋であの人はきちんと口にしてくれた。

 同じ部屋にいるからといってずっと間も置かずにお互いのことを考えているわけじゃない。

 そのことを承知していたからこそなのだろう、あの人はいつもわたしを名前で呼んでくれた。

 低く優しくてどこか甘いその声を思い出すと、あの人がいないこの世に今こうして自分が生きていることの方が不自然に感じられるくらいだ。

 「ユメ」

 素っ気なかったり、何の気なさそうだったり、情熱的だったり、狂おしかったり、様々な調子で呼ばれるたび、わたしはかすかにふるえを覚えずにはいられなかった。

 ふたりの間にへだたる個体同士に課せられた宿命がもどかしくて、互いを求め合うように何度も激しく交わった。

 それは止まらない好奇心を満たそうとせずにはいられない、人間特有の悲しみに由来する感情に駆られての行為であったかもしれない。

 しばしばわたしは部屋の白い壁にかけられたフェルメールを眺めていると、ふたりしてブランケットにくるまれていることがなんだか奇妙なことのように感じられてくるのだった。

 わたしはよく、「今日は何曜日だっけ」と言いながらルームサービスの新聞を広げた。

 そうするとあの人は決まってわたしの手から新聞を取り上げて額にキスしてから、「日曜です」とわたしの問いに答えた。

 本当は違う曜日だったとしても、同じように答えた。

 曜日というものが本来わたしには不要なものと知っていたからだ。

 仕事に復帰したわたしがLのことを思い出して物思いに耽るのはほとんど日曜日だ。

 皮肉なことに、生前多忙だったあの人を日曜日のほうが今になって求めるようになったのだ。彼のほうでは、そうではないのに。

 わたしは日曜はLのことを考えることでスケジュールがまっくろに埋められた。

 彼と一緒に行こうと約束していた場所は、週末を駆使してすべて一人で行き終えてしまった。

 そうしてまた部屋で心静かに日曜の朝を迎える週間が身に付いた。

 カーテン越しに太陽が部屋中に注ぐ。

 わたしがLの名前を呼ぶと、柔らかな静寂がそれに答える。

 今朝も見慣れた夢を見たあとで、春のあたたかい風が窓から入ってくるのを感じる。

 かすかなカーテンの揺れ方は、あの人がわたしをどこか新たな世界へと誘いかけ呼んでいるかのように見える。


Call my name
2016.9.12





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