夕暮れ、風が吹き抜けて、二人の間にへだたる距離を知る。

 虫が鳴いている。実際にはのどから声を出して鳴いているのではなく、あれはただ単に二枚の羽同士をこすり合わせているだけだ。

 ニアがそう言って、わたしはふうんとうなずいた。

 わたしにはあの鳴き声は、虫たちが夏の終わりをかなしむがゆえに、風に音を乗せて季節の別れを惜しむ歌を歌っているように聞こえる。

 久しぶりにハウス周辺を散歩していると、季節の変化に驚く。

 古い煉瓦づくりの家家は昔からそう変わらないけれど、空の色や風の音、空気の質感があきらかに前回の散策時とは異なっている。

 夏の終わりだ。

 ニアはわたしの数歩後ろをついてくるように歩いている。いつものパジャマ姿だ。

 でも今日はラムネ色の空の色がその白い服に映えて、でも浮きだっているようにも見えて、いつ見ても本当にニアにはこの街の景色が似合わないな、とわたしはこっそり苦笑する。

 ニアは無感動なようすでわたしの横に並ぶと、「早く帰りましょう」とはっきりと言う。

 ニアがすぐそこにいて、時折毒を吐くのをわたしに聞かせる。そのリズムに呼応するように泡立つようなムラをつくりながら、空にはひつじ雲の大群がゆっくりと走っている。

 「じきに雨が降りますよ。空気がひんやりしてきた」

 なんだ、ニアもじつは外の世界をそれなりに味わってたんだ。

 わたしは満足して、ニアを見つめて笑みをこぼさずにはいられなかった。

 なにを笑っているんですか、といぶかしむニア。別にー、とわたしは答える。

 今度Lがハウスに来たら、虫の声について本当のことを教えてもらおうね。

 「だから声ではないと何度言えばわかるんですか。ただのノイズですよ」

 あんなに静寂と平和を心にもたらしてくれるノイズなんてどこにも存在しない、とわたしは思う。

 「それに、忙しいあの人が、虫の音が聞けるちょうどこの短い時期が終わるまでに、ハウスに来てくれるとも思えません」

 無理を承知でお願いしてみようよ。忙しいLの心こそ一時でも休まるべきだもの。

 私は部屋でLと何かゲームをしてもらうほうがいいです、そう言うと、ニアはわたしの手を取って引いた。「とにかく、早くハウスに帰りましょう」

 もう少し虫の声を聴いていようよ、と言おうとしてやめた。ニアの言うことも一理あったし、何より機会が今しかないというわけではない。あすかあさってにでも、またこうして出てくればいいのだ。まだチャンスはある。

 やけにおとなしく言うことを聞いたので、ニアは意外がった。しかしすぐにまた連日で外に連れ出されることに思い当たって、小さく肩をすくめたのだった。



2016.9.12





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