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最近倉間の姿を見なくなったと思う。そう大して会うような関係でもなかったけど、取っていた授業も卒業した高校も一緒だから、それなりに仲は良かったのかもしれない。でもまぁ、確かに高校のときよりもほんの少ししゃべるようになった。部活のこととか勉強のこととか、家のこととかバイトのこととか。大抵は倉間の口から次々と言葉が飛び出し、わたしは頷くか相槌をしているかだけど。
そういえばサッカー部に入った倉間は密かにモテるらしい。らしい、と言うのは何処が発信源かも分からない噂というやつだから。でもきっと、モテるんだろうなぁ。サッカーしてるし、運動神経はいい方、バカではないはずだろうし、目つきは悪いが、きっと女の子というやつはそういうのに弱い。「名字さんって倉間君と仲良いよね。あの……付き合ってるの?」「は、違いますけど」「よかった!」安堵と喜びに満ちた顔を返してくるんだから何でか腹が立つ。じゃあなんだ、わたしが倉間と付き合っていたらこの子はどんな反応をしたと言うんだろう。生憎そんな予定は今のところ一切ないけど。あぁ、もう本当に、倉間のくせに生意気なんだから。

ずいぶんと脱線してしまった。話を戻そうと思う。最近、倉間の姿を見なくなった。と思っていた。とんでもなく失礼な話かもしれないけど、倉間は男のくせに背はそれ程高くない。ちなみにわたしは女の中でもそこそこある方だ。並んだら、ちょっと倉間が大きいくらいだろう。2ミリぐらい。どうやらクラマは最近講義中に寝ているらしく、わたしの視界に入って来れなかったんだ。問題が解決できてよかった!

「どこもよくねぇだろ」

一通りわたしのくだらない悩みを聞いていた倉間が文句を言った。当たり前といえば当たり前だけど、まぁそんなに怒るなって。わたしは久しぶりにこうしてちゃんと倉間としゃべれて気分爽快だよ!冗談で言ったらやっぱり怒られた。理不尽な。
不意に時計へと目線がいく。既に4時を過ぎていた。あ、いけない。バイトの時間ではないか。倉間もそれに気付いたように「じゃあまたな名字!」と後ろ姿を見せて、行ってしまう。頑張れよーと他人事のような一言をかけ、わたしも立ち上がった。







「あ」
「あ、れっと倉間?」
「いらっしゃいませー」
「え、無視ですか」

バイトが終わったのは6時過ぎ。今時希少価値の高そうな家庭教師という仕事は楽しくてそれなりに充実している。まぁそれにお金入るし。
帰りがけに家の近くの本屋さんに寄ってみると、そこのレジには知り合いがいた。知り合いというか、ほんの2時間前に別れた知り合いだ。何でこんなところにいるんだろうと思うけど、それが彼のバイトだと知れば当然のこと。ただ知らなかっただけだ。

「倉間さんバイトですか。本屋さんでバイトですか。そうですか」
「そのしゃべり方止めろよ」
「こんなところでバイトしてるなら教えてくれればよかったのに。わたし通うよ?」
「マジ止めろ。金払ったらとっとと帰れ」
「酷いなぁ」

そんなかわいくないこと言うなら、さっさと金払って帰ってやる。そして明日根に持っているかのようにグチグチと言ってやるんだ。性格悪い?そんなのこと今更よ。こんな面倒な友だちを持って、それを相手してくれない倉間が悪いんだから。うん、そういうことにしておこう。

受け取った商品とお釣りを持って本屋さんを出る。待ち遠しくて表紙だけでもと本を見てみると、そこにはブックカバーがかかっていた。何処からどう見てもシンプルなそれは落ち着きを感じさせる。だけど、わたし確かブックカバーかけてなんて言ってないような……振り返ると倉間と目線が合う。少しだけ、本当に少しだけ、倉間の口元が緩んだ。まるでそれはイタズラが成功した子供のような笑みで、きっとこれは倉間なりの優しさなんだと気付いた。そうか、そうですか。倉間の微笑みが移ったように、わたしも口元が緩んで笑いがこぼれる。少なくとも今多分、わたしは彼に対して穏やかな感情を持っている。大きくなるのは、まだずっとずっと先の話だろうね。



/桃谷さん
大学生倉間


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