txt | ナノ

星が見えだすのは何時ごろだろうか。最近日が沈むのは遅くなり、部活帰りのこの時間でもまだ明るい。少し前とは大違いだ。隣を歩いているクラスメイトも同じことを思ったのか、独り言のように呟いている。「まだ明るいな」返事の必要性を感じなかったから答えずに交わすと、「無視すんなよ!」と怒られた。なんて、なんて勝手な人なんだろう。
呆れる気持ちも気付かずに、クラスメイトの倉間君は空を仰いだ。つられて見上げてみると、ほぼ快晴と言っていいほど雲ひとつないオレンジ色の空がある。今日は帰ってから何をしようか。宿題して、お風呂入って、寝てしまおうか。それ昨日もしたでしょう。変わらないほど、つまらない毎日が過ぎていく。横目でちらりと見てみると目が合った。「……何だよ」別に、何でもないけれど。

「倉間君」
「何」
「……ううん、何でもない」
「ふーん」

まともな反応をしてくれないから、会話は切れるばかりだ。元々大した内容なんてないからわたしがこんな風に腹を立てるようなことは理不尽なんだけど、どうしても思ってしまうというのは人間の性というやつだろう。すると今度は、倉間君がわたしの名前を呼んだ。

「あのさ」
「うん」
「お前どうせ今日も暇だろ。10時ぐらいに公園来いよ。星見ようぜ」
「……いいよ」

自分でも驚くほど、口から素直な返事が出た。本当はどうせ暇だろとか失礼なことを言う彼に対して文句を言いたいし、星を見ようなんてロマンチックなことを言い出した倉間君にその理由を問いつめてやりたい。でも、特別そんな気が起こらなかった。多分今日わたしは機嫌がいい。


……………
………



日中はあんなにも暑いというのに、日の落ちたこの時間は少し肌寒かった。油断して半袖一枚でくるなんてバカだろうか。今ならもう一度来た道を引き返し上着を持ってくることは可能だ。だけど身体は先を進むばかりで、後ろを振り向こうとしない。どうやらわたしは自分で分かっていないだけで、本当は倉間君と星を見ることが楽しみだったんだろう。
倉間君と待ち合わせた公園に着いた。底には一足先に彼がいて、わたしを見るなり「遅せーよ!」と文句を言ってくる。といっても、約束の10時という時間に家を抜け出してこの時間なんだから、少しは多めに見てくれたっていいのに。小さい人間だ。

倉間君はブランコに座っていた。絵になる風景だなぁ、暢気なことを考えながらわたしも直ぐ隣にあるブランコに座る。さぁ早速星の鑑賞会と行こうか。見上げた先に広がっていたのは真っ黒な空と幾つにも散らばった粒たち。嗚呼これが、星だ。

「きれい……でも、ない気な。町の中じゃ、明るすぎるか」
「じゃあ今度山にでも行く?」
「それいいな」
「っていうか倉間君、いきなり星見たいなんてどうしたの?」

もちろんそれにわたしを誘った理由含めて洗いざらい吐き出してもらおうか。倉間君はひとつ息を吐き、「別に」と曖昧で短い、何とも理解不能な答えを返してくれた。要するに、そういう気分だったってことだろうか?意外とロマンチストなんだなぁ。

「きっと山行ったらさ、もっときれいに見えるよな」
「だといいよね」
「絶対行こうな、絶対」
「いいよ」





そんな拙い約束を交わしたのは、もう何年も前だ。あの約束は果たされないまま、わたしたちは今を生きていた。結局忘れてしまうほどの、その程度のものだったのだろうか。あのとき公園で見た星は、真っ黒な空に包まれ、飲み込まれてしまいそうだった。わたしたちの約束も、きっとそんな感じ。
でももう一度、またきみに出逢えたとき、わたしから同じ約束を持ちかけたら今度こそ、星空を見に行こうね。ねぇ、いいでしょう?



企画・宇宙論さまに提出


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -