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「名前と倉間って幼稚園からの付き合いなんだろ?」
「え、はい。そうですけど」

始まりは、水鳥さんの一言だった。

お弁当の中にあるきれいに焼けた卵焼きを一口含んだとき、いきなり教室にやって来た水鳥さんはそのことを口にした。知っているようで知られていない、そんな倉間くんとの関係。自慢にもならないから誇れて言ったことなんて一度もない。でも少し深く考えればそれは高校まで続くとすごいことだと思う。生憎まだわたしも倉間くんも中学生で、そんな小さなことに気を遣っている暇なんてない。

「それが、どうしたんですか?」
「ほら前に話しただろ?お前ら結構な付き合いなのに、名字で呼び合うなんて余所余所しいって」
「あぁ、確かにそんなこと言われた気が……」

でもそれは仕方ない話だとも、ちゃんと割り切れたはずだ。わたしは女子で、倉間くんは男子。年月が経つに連れて距離を置くことも当たり前になってくるし、そもそもお隣さんだとしても、“友だち”という呼び名から昇格することは考えられない。

「前は、何て呼んでたんだよ」
「小さい頃は、ま、まぁ下の名前で…え、何これ。すごく恥ずかしい」
「じゃあ今も呼べばいいじゃんか」
「嫌ですよ!……絶対、嫌ですからね!」

変な予感が体中を駆けめぐった。水鳥さんの顔が心なしか少しにやけている気がする。ああ、わたしの馬鹿。そういう大切なこと言っちゃうから、結局こうなってしまうんだよ。水鳥さんの行動が予想できてしまっている自分が怖い。そう、きっと水鳥さんは言うに違いない。「よし、じゃあ明日から前みたいに倉間のこと呼べよ」って。死んでも、そんなことしたくない。

「何だよあからさまに嫌そうな顔しやがって……」
「水鳥さんいつも恥ずかしいこと言うからですよ!」
「あ、あれ倉間じゃん。おーいくらまー。お前ちょっとこっち来いよー!」
「水鳥さん?!」

横でクスリと茜ちゃんがかわいらしく笑った。見ているだけじゃなくて、笑っているだけじゃなくて止めるのに協力してくれたっていいのに!だけど何もかもわたしの抵抗は遅くて、水鳥さんに呼ばれた倉間くんがやってくる。何でこう何も考えずに来てしまうんだろう。もっと不審に思えばいいのに!少しだけ腹が立ってしまった。

「何だよ瀬戸」
「いいところにいたな倉間。お前さ、こいつの下の名前分かるよな」
「知ってるよ」
「知らなくていいのに」
「何か言ったか?」
「言ってないです」

本音が洩れたら水鳥さんに睨まれた。怖い、怖かった。このまま変な展開にことが進んでも抵抗なしで受け止めろと言うのだろうか。トイレ行きたいって言えば、逃がしてくれるのかな。

「お前ら前みたいに下の名前で呼び合えばいいのに」
「はぁ?そんなのめんどくせぇじゃん」
「だよね、めんどくさいよね」
「それにそんなことしなくたって、名字とは友だちだからいいだろ」


その一言を残して、廊下から倉間くんを呼んでいる浜野の声が聞こえた。じゃあ俺もう行くから、――そうだ、早く何処へでも行っちまえ。言葉には出さないけど、そう素直に思ってしまった。いやだ、今誰にも顔を見られたくない。きっと気持ち悪いくらいに頬が緩んでいるんだろう。「名前ちゃん、顔おもしろいね」……茜ちゃんに見られた。だから誤魔化すことはせず、頷いてやった。

「うん。何かね、今嬉しいの」

わたしと彼の間に、変わらない確かなモノがあればいいな、って心から思えた。



/蒼空さん
曖昧リレーション番外で甘い話


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