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大抵の部活終了の時刻を告げるチャイムが校内に響き渡った。それと同時に、先生が「じゃあ今日は終わりにしましょうか」と声をかける。わいわいとお喋りしながらみんなが帰り支度を始めているとき、ふとバッグの中身を見て気付いた。ペンケースがない。

そういえば、と思い出したのは教室にそれを忘れていたということ。部活が終わったときにでも戻って取りに行けばいいかと考えて、すっかり忘れていた。思い出してよかった。まだきっと、教室の戸締まりはされていないだろう。でもきっと、誰かいるわけでもないだろう。前に一度忘れ物をしてぎりぎりの時間に取りに戻り、公務員の方にお手柔らかな注意をされたことを覚えている。迷惑にならないように、早めに取りに行ってしまおう。早く帰ろうよと促す友だちにごめんの一言を告げ、わたしは教室へ足を運んだ。





確か、完全下校は6時ぐらいだった。その前には教室のあるこの校舎は閉まってしまう。その微妙な緊張感を胸に抱え、辿り着いた教室には明かりがついていた。柄にもなくカーテンが閉め切られて、何だか薄気味悪い。一体、誰が中にいると言うんだろう。こんな時間まで教室に残ってるような子、同じクラスにいたっけな。

がらり、と音を立て、開けたドアの向こう側にいたのは倉間くんだった。ああ、そういえば同じクラスだったかな。目線がちょっと合って、「よぉ」と声をかけてくれた。そういえば彼と真面目に話すのは初めてかもしれない。

「倉間くん、何してるの」
「忘れ物」
「へぇそうなんだ。奇遇だね、わたしも忘れ物したんだ」
「俺タオル。名字は?」
「ペンケース」

驚いた。初めてだけど意外と倉間くんから言葉を発している。クラスだとまず話さない相手は、わたしから見れば無愛想で、自分から発言することが少ないと思っていたけど……どうやらそれは勘違いみたいだ。倉間くんも、喋るんだなぁ。

「あ、それさ」
「何?」

不意に倉間くんがわたしを指差し、また話しかけてきた。その指が向いていたのは、性格に言うとわたしの持っていたペンケースで、一体これが何なんだろうと疑問が浮かぶ。水色のそれは、ペンを10本入れられるか入れられないかというぐらい小さくてシンプルな装飾。故に友だちにはよく、「色気ないね、このペンケースは」と言われてしまう。ペンケースに色気を求めるのもどうかと思うけど……。

「これが、どうしたの?」
「それ俺も前に使ってた」
「へぇ、そうなんだ。奇遇だね。倉間くんこんな小さいの使うんだ」
「まぁぶっ壊れたけどな!」

楽しそうに、そう言う。きっと乱暴に扱ったんだろう。わたしはそうならないよう、注意を払わなきゃ。
そんなとき、放送が鳴った。「6時になりました。まだ校内に残っている生徒は、今すぐ荷物を纏めて帰りましょう」……ああ、気付けば確かにその時間だ。わたしが教室を出る前に、倉間くんがささっと入口に立っている。何て行動の早い人なんだろう。

「じゃーな名字」
「あ、うん。またね」

明日がきとたしても、きっと彼と今のように何気ない日常を描く会話は生まれないだろう。それでもまたね、と挨拶をできたことはわたしにとって大きな進歩だと思う。もう一度だけ、「じゃあね」と小さく呟いてみる。それは静かな教室に、溶け込んでいった。



/みねかをるさん
倉間と同級生のお話


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