txt | ナノ

「好きなの」

3日前の話だ。思わぬ言葉を名前の口から聞いた。一瞬耳を疑ってから、もう一度「何だって?」と聞き返す。同じように、4文字の言葉が名前のきれいな声で奏でられる。だけど、それを受け容れられるかはまた別の話となるだろう。制止の言葉を咄嗟に出して、考える時間を自分自身に与える。また何かの冗談なのかもしれない。名前はよく冗談を言って、僕を困らせたり惑わせたり、そんなことばかりする女性だったから。あの頃から少し成長したと思っていたのに、また逆戻りだろうか。「じょ、冗談だろう?」思わず震えてしまった質問も、彼女は真剣な瞳を持って首を横に振る。

「冗談じゃないよ。あなたのことが、好きなの」

ずっと一緒にいて、いわゆる要するに幼馴染みと言うもので、僕にとっては女友だちで気の置ける友人で、きっとそれ以上にもそれ以下にもなるはずないと思っていたのに、彼女の要らない決意と告白で、穏やかな関係は崩れてしまった。……と、普通の男女の関係なら行くんだろう。だけど名前は少し変わった子で、そんな物語にもなりそうな葛藤の混じった複雑なものへと発展しなかった。僕はそれを、正直有り難いと思っているけど。だって、そうだろう?告白されて、それで今まで友人として付き合えてきたのに気まずくなるなんて誰も望んじゃいない。だから、名前の性格には感謝するべきなんだ。
告白した本人は次の日、まるで何事もなかったかのように僕の前に現れた。そう、それを目にしたときはやっぱりあの告白は冗談で、きっと僕はからかわれただけだと思っていたけど、「告白の答えは、また聞きたいときに聞くね」……なんて、勝手な子なんだろう。でもそれが彼女で、それが名前だ。今までそうやって、上手いこと付き合って来れたんだから上手く行くだろう。軽い気持ちでそのときを過ごせた。あのとき名前がいつもと変わらず笑ってくれていたから。
そんな変な名前だから、やはり驚かされることも多々あるんだと思う。


〜〜〜


「あ、そうだマツバ。告白の答え、聞かせてよ」
「……え、」

カントー地方へ少し旅行に行って、そのお土産を持ってきたと名前は言って家へと上がり込んできた。それは僕の好きな和菓子で、じゃあ一緒に食べようかと言い、お茶を出して二人で煤って。唐突過ぎるだろうと突っ込みたかったけど、いつかくるだろうと思っていた質問が今来ただけのこと。驚くことなんかじゃない。そう自分に言い聞かせて、ひとつ息を飲んだ。

「……えっと、唐突だね」
「そうだね。あ、わたし今度海に行きたい」
「……あのさ名前、もうちょっと順序よく話進めようよ」
「嫌いって、言ってもいいよ」

嗚呼うん、どうしてそんなこと言うんだ。見たことないぐらい、名前の目は悲しそうで、初めて彼女のことを女性と思えた。好きと言って、その答えが返ってくるとは簡単に言えることでも受け止められることじゃなくて、きっと海に行きたいと言いだしたのは気を紛らわすため。ねぇ、そうなんだろう?
不意に動いてしまった掌が、そっと名前の髪を撫でた。そういえば小さい頃から彼女の髪を触るのが好きだった。だって、柔らかいんだ。

「嫌いじゃないよ」
「じゃあ、好きでもないって、言うの?」
「ううん、言わない。僕もきみが好きだよ」
「……海、行こうよ」
「今度休みにね」

今は忙しいから、と騒がしい鼓動の言い訳を述べ、僕はそう名前に約束した。海、か。どのくらい久しぶりだろう。いつも、どの場所へ行っていただろう。いっそのこと、少し旅行にでも行こうかと言うと、流石にそれはだめだよ、と笑われた。
そうだ。僕はこうやって、いつか名前と笑い合いたかったんだ。叶って、よかったな。



/匿名さん
マツバさん甘夢


「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -