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真っ暗な部屋にいて、呼吸がし辛かった。微かに洩れる息づかいがしんとした部屋によく響いている。ここは、何処なのだろうかと辺りを見渡しても、締め切ったカーテンからは光が漏れないから何も見えない。今いる場所は、感覚から言ってベッドの上、だろうか。手探りで進もうと歩いてみると、床との段差に躓いた。頭から落下して直撃した頭は痛かった。ここは何処だろう、何度もそう思った。まるでわたしは井の中の蛙のようで、世界を知らない子供のようだ。怖ろしくて声が出せない、震える肩をいつしか支えてくれた彼はいなくて、寂しさだけが残っている。嗚呼、その名前が出てこない。彼は、誰だっただろうか。ただ脳の片隅に蘇ったのは、低く優しい言葉だ。

さようなら。





「大丈夫?目、覚めたみたいだね」
「……吹雪、くん、だ」
「そうだよ。それがどうしたの?」
「いや、別に。……何でも、ないけど」

どうやら夢だったみたいだ。身体を起こすと、吹雪くんが心配そうに側に来てくれる。「もう起きて大丈夫なの?」と。はて、わたしは何故汗びっしょりになりながらベッドで寝ていたのだろうか。気持ち悪い、今すぐシャワーを浴びたいと求めたけど、状況が分からないから止めておいた。それに今、起きあがる気分になれない。

「えっと名前ちゃん、きみ自分がどうなったか覚えてる?」
「全然分かんない」
「きみ朝から熱があって、ずっと寝てたんだよ。今僕が様子見に来たら、何かに魘されてるみたいだったからちょっと心配した。大丈夫?」
「あぁそういう……うん、大丈夫だよ」

何となく、分かった気がする。そういえば朝から熱っぽいとか何とか言っていた記憶が残っているかもしれない。曖昧なのはさっきまで熱に魘されていたからとしよう。もしかして疲れていたのかもしれない。……あの変な夢もきっと、疲れていたからなんだ。未だに暗く寂しい部屋が物語る意味を理解できてはいないけど、深く考えることでもないだろう。だってきっとそんなことで悩んでも、意味なんてないんだから。

「何か夢でも見た?怖い夢とか」
「あーうん。まぁ変なの、見たよ」

隠すのも馬鹿らしくて、一通り吹雪くんに話してみた。彼はやけに真剣な顔つきで受け止めていた。何故そんなにも真面目に聞くんだろうと不思議に思ったけど、もしかしたら何か思い当たる節でもあるのか。正夢……になるとは信じたくないけど、ないとは言い切れない。
もう一度、あの情景を思い描いてみる。暗く寂しく恐怖の感情さえ浮かんだ部屋。まるで、少し前お互いに素直になれずにいた日々の延長線上に位置していそうで、笑いがこぼれてしまった。それを見ると、彼が不思議そうな顔をする。

「何笑ってるの」
「んーとね、もしあのままわたしたちすれ違ったままだったら、きっと今話した夢みたいなこと起こってたのかもって」
「……まだ根に持ってるの?」
「違うよ、別にそんなんじゃないってば」

少し拗ねたように言うんだから、何だか余計に笑みがこぼれてしまった。彼らしいようで意外な一面を、わたしはまだまだ全部知らない。これからでいいじゃないか、と前向きな考え方をできるようになったのはお互い腹を割って話せるようになってからだ。前のわたしじゃ、こんな強いことできない。
そう、昔の出来事を思い起こすたびに何度も思う。わたしたち、変われたなって。続いていけてるんだなって。あのことで壊れなかった何かが残ってくれて、今こうして吹雪くんと一緒にいて会話していられる。すごいことだなって、最近思えるようになった。それ程までにわたしは吹雪くんのこと好きだったんだ。ねぇ吹雪くん、同じことをきみはわたしに言ってくれたりするのかな。

「ねぇ吹雪くん。よくわたしたち、続いてるよね」
「何それ、嫌だった?」
「違うよ。あのさ、何でわたしだったの?」

自分でして恥ずかしい質問だ。だけどそのことを承知で口にした。こんな質問がくると思わなかったのか、吹雪くんは少しだけ驚いたように沈黙が流れた。それから少しだけ笑い、わたしの髪を優しく撫でてくれた。

「さぁ、何でだろうね」

そんなこと、本人でも分からない。それでも神さまか誰なのか分からない何が働いて、わたしたちこうして巡り会えて隣にいられるんだね。嗚呼昔は神さまなんて大嫌いだったし怨みさえしたのに、今なら感謝が絶えないよ。自分勝手な人間の思考に、いつも神さまは付き合わされているのだろうか。
柔らかい微笑みを感じてしまえば、きっとそのことを考えることさえ止めてしまおう。やっぱり人間は、自分勝手な生き物ね。



/透ちゃん
Good bye midnght番外


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