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最初の彼の印象はどのようなものだっただろうか。やはり元シードということもあるし、いいものではなかった。目つきだって悪いし、口調だって乱暴なところがある。サッカー部の人とは接点のないわたしが、どうして彼と知り合うことができたのだろうか。それはごくごく簡単で、ただのタイミングの問題。部屋の窓から見える空は透き通るように青く、それとも今日でお別れかと思うと少しだけもの恋しい。本当は、とっても嬉しいことなのに。

「名字、」

ドアが静かに開く音と同時に、声が聞こえた。剣城くんだ。こんにちは、と声を返すと、何も返ってこない。挨拶は大切だと言うけれど、剣城くんの前でそんなことは無となってしまう。今更のことだから、もう気にしないけど。

「どうしたの?今日、お兄さんのお見舞いだった?」
「まぁな」
「お兄さん、リハビリ頑張ってるよね」
「名字、退院おめでとう」

話題を遮るように、剣城くんは短く言った。そうか、わたし言ってなかったけど、知っていたのか。もしかしたら看護士さんからお兄さんを通じて知ったのかもしれない。事故で怪我して、やっと治ってわたしは今日、短い時間生活をした病院を離れていく。久しぶりに学校に通えることは、まだ激しい運動をしてはいけないが、とても嬉しい。だけどこの場所で折角出逢えた剣城くんと離れてしまうのは少しだけ寂しかった。

「……剣城くんって、変わったよね」
「は?」
「いや、ほら、わたしたちって出会った頃すっごく無愛想だったけど、今だと軽い挨拶ぐらい交わせるぐらいになれたじゃない?」
「そうだな」

始めの印象は、何度も言うけど最悪だった。まだ車椅子に慣れていないわたしが、お兄さんの見舞いへと来ていた剣城くんにぶつかってしまったのだ。上手く操作できなかったわたしが悪いけど、「ぶつかってんじゃねぇぞ、このド下手」と罵声を飛ばした彼に切れるのは当たり前の話だと思う。病院だというのにお互い大声で汚い言葉を飛び交わせ、何度も看護士さんに叱られた。今じゃそんなことも少なくなったのは、喧嘩するたびに間に剣城くんのお兄さんが止めに入ってくれるから。思い出せばそれは今じゃ笑いごとで、気付いたときにはふふっ、と笑いが洩れてしまっていた。

だけど、そんな楽しかった日々も今日で終わり。わたしも、雷門中に通えたらな退院しても剣城くんと会えたかもしれない。だけど生憎、わたしは私立には通ってないから無理な話だ。剣城くんの連絡先を知らないわけじゃないから、いつでも話はできるけど、それも許されることなのかどうかも迷ってしまう。嗚呼、別にこんな小さなことで悩まなくなっていいのに。どうして今、こんなにも張り裂けそうな気持ちになるんだろう。

「おい名字、母親来たぞ」

先生と話をしていたお母さんが帰ってきた。荷物を持ち、病室を後にする。嗚呼、本当に最後だ。いや死に別れる訳じゃないんだから、最後でもない。でもわたし、まだ剣城くんに何か言ってない気がするの。待って待って、整理を急ぐ脳に出された答えはただひとつで、妙に心の中の蟠りが消えていった。そうか、わたしはただ、あなたのことが、

「好きなんだ」

言葉を告げると、慌てたように剣城くんが言葉を零す。「な、何言ってるんだよ」と。だけど違う、冗談じゃない。わたし本気だよ。真剣な瞳で見据えると、仕方ないように、彼は小さく呟いた。
また会おうな。そのときちゃんと、答えるよ。って。



/はっぱさん
剣城くん


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