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歌うことが好きだった。小さい頃からの夢は歌手だった。誰かの為に、誰かが笑顔になってくれるようにと願いながら歌を歌えるなんて最高だ。なんて今なら笑い話として話せるだろう。今はもう、そんな夢より好きなように歌っていることが好きだ。それがまた何故今になってホウエン地方を回ろうなんて考え出したのかは自分でもよく分かっていない。手持ちのチルットに問いかけたって、分かるはずはない。当たり前だ、言葉が通じないんだから。だけど、チルットが伝えたいひとつひとつのことが分からなくても、わたしが歌を歌っているときならその溢れる喜びを感じ取ることができる。「音楽、好きなのね」ほほえみかけたとき、ありったけの笑みを含めて鳴いてくれた。旅だったのはその後だ。チルット一匹とギターと少しだけ荷物を持って、わたしはホウエン地方を歩き回っている。
先日出会った少年は、わたしを見るととても不思議そうな顔をしていた。道ばたに座り込み、歌を歌って、いきなり「わたしの歌どう?」と聞いてくる見知らぬ女は不審だろうか。きっと唐突過ぎたんだ。だってあの子の表情は戸惑いに満ちていたんだから。

今日訪れたのは118番道路。潮の香りとほのかな風が心地よかった。その場に座り込み、ギターを手にしていつも通りに歌い出す。向かい行く人たちは気にも留めないだろう。最近、そのことも気にならなくなった。歌っているということは何処かにそれを聞いてくれている人がいるはずで、だけどそれがいないと分かっても、狼狽えることがなくなった。何もないなら、それでいいんだと思えるようになった。惨めに感じないと言えば嘘になるだろうけど。

そういえば、そういえば。何かを思いだして顔を不意に上げると、見たことのある人影がその場を通ろうとしていた。忘れていない、数時前に唐突な質問を投げかけてしまったあの子だ。「ねぇ、君!そこのタマゴ持ってるきみ!」何故呼び止めたのかは分からないけど、その子は気付いてくれたようだ。

「また会ったね!すごい偶然」
「あーうん、そうだね」
「きみ、この間もそうだったけど一体何をしているの?あ、トレーナーだから旅していて当たり前か」
「うん、まぁ」
「もしかして、ヒマワキシティに向かってたりするのかな?」

この子は人見知りだったりするんだろうか。ぎこちない返事をいつまでもし続けるなんてらしくない。2度目だというのに。それともわたしが図々しすぎるだけ?嗚呼、ごめんなさい。少し落ち着こう。ただ手に持っているタマゴが目に入ると、少しだけ気持ちが仇やかになっていく。何故だろうか。

「ねぇヒマワキに行くのは急いでいるの?」
「別に」
「じゃあ少しだけ、お話ししようよ」

自分でも乙女らしい発想だった。だけどその子は笑うことも蔑むこともしないで笑ってくれた。ただ一言「いいよ」と。この子はきっと、人見知りで親切な子だ。何だか話していてとても楽だ。


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