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あの頃が一番、輝いていたと言えたかも知れない。隣に好き人はいてくれて、自由に好きなことができて。輝いていたと言うか、幸せだった。そう、あの頃が一番幸せだった。好きだと言えば、好きだと返してくれる人がいて。もう一度あの頃に戻りたいと願えば、きっと想像の世界でもう一度彼に出逢えるだろう。嗚呼、いつからこんなにも隣が寂しくて、追い求める日々を彷徨うようになったのか。ねぇ神さま、教えてよ。いつからだったっけ、きっと、わたしたちは悪いことをしていない。言い逃れじゃなくて、本音からそう思えるよ。だって何もわたしたち、離れるようなことしていないんだもの。
町中で、彼を見た。一瞬目を疑ったけどそれは確かに数年前から少し顔立ちの成長した彼で、呼び止めずにはいられなかった。振り返ったとき、彼も目を見張り、驚いて、やっと出た言葉は「お、おぉ名前やん。元気しとった?」とぎこちない言葉。よかった、彼の記憶にまだわたしは存在を許されていたみたいだ。覚えていてくれた、また名前を呼んでくれた。それが嬉しくて、どうしようもなくて「ねぇもし今暇なら、ちょっとだけお茶しない?」なんて誘っている始末。今回だけでいいの、許して欲しい。わたしはまだ、彼に伝えきれなかったことが山ほどあるんだから。

喫茶店に入ると、わたしはコーヒーを頼んで、彼も同じものを注文した。昔まだ無邪気だった頃は、パフェとかケーキとか、好きなものを遠慮なく注文できただろうに。今は少しだけ遠慮が混じってしまっていた。何の話題を持ち出していいのか分からないけど、ただ今は「最近調子どう?」と当たり障りのない質問をする。「別に普通」素っ気ない返事だった。いつだって笑顔の絶えなかった彼が、遠くに感じる。少しだけ泣きたくなった。

「そっちはどうなん?」

え……、小さな声が漏れてしまった。ただ意外だったんだ。素っ気ない態度からして、もしかしたら今わたしとこうして会話していることさえ苛立ちを感じてるのかな、なんて。そう思えると申し訳なくてその場に穴を掘って埋まってしまいたくて、何も言えずにいたのに。彼が、わたしに聞き返してくれた。それがただ嬉しかったんだ。

「わ、わたしは結構、いい方だよ。うん、今の仕事、楽しいし」
「へぇよかったやん」
「マサキくんは、楽しいの?今してる……あずかりシステムの管理だっけ?」
「まぁそれなりに忙しいんやけどなー楽しいで、わいも」
「そ、そっかよかった!……そっか、」

嘘だ嘘だ嘘だ!嘘ばっかり!!叫んでしまいそうだった、泣き出してしまいそうだった。だけど止めることができたのは目頭が熱くなってきてそれどころじゃなくなって来たから。わたしはマサキくんに再び会って、嘘ばっかり吐いている。今の仕事が楽しい?憂鬱に思える毎日を過ごして、よくそんなことが言えたものだ!苛立ちも怒りも何もかも、涙になって溢れそうだ。だけどその前に、言いたいことがあるんだ。そっと出した声は震えてしまって、きっとマサキくんを驚かしてしまっている。構うもんか。

「ねぇマサキくん。わたしはあの日から寂しいままだよ。ねぇ悪いことしてないのに、どうしてわたしたち別れちゃったの?」
「……は、何言うてんねん」
「戻りたいの、あの頃に。わたしもう一度、マサキくんの隣に立ちたいし、マサキくんが隣に立っていて欲しい」
「………」
「マサキくん、」
「そんなん、今更言われても、もう無理やん」

勇気を出して振り絞った願いは、彼の残酷な言葉によって切り倒されてしまった。余りにもはっきりとした口調で、諦めかけたように疲れた声が聞こえる。それは、希望はもうないということなんだろうか。聞き返したい、だけど彼の声がそれを遮ってしまった。

「もう戻ろうなんて考えてへん」
「でも、だって、」
「……泣かんでくれる?無理って言ってるやん」

それだけ言って、彼は席を立ち、店を出ていった。後ろ姿を見ることも追いかけることも、もうできない。ただ残されたわたしは生温いコーヒーの水面に映った自分の情けない顔とにらめっこを始めるしかない。ぽたり、水面に波紋が広がり、一粒の滴が瞳から流れ落ちた。もう、戻れない。もう、無理だと言われてしまった。
何がわたしたちを変えたんだろう。何度も言う、悪いことなんて一切やってないんだ。ただお互いに気付いたときには離れていただけ。……距離が、わたしたちを変えてしまった。酷い、酷い。あの頃の優しい彼に会いたくて仕方なかった。返して、返してよ。小さな嗚咽は誰にも届かない。そう、もうどれだけ泣いても届かないんだ。ただただ、惨めなだけだった。


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