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部屋の中に招き入れられてから気づいた。教科書を持ってこさせるのに、わたしが倉間くん家に上がる必要はない、と。何でこうなったんだろう。まぁ、いい。早いところ渡して退散すればいいのだから。先を歩く倉間くんに付いて行けば、いつの間にか彼の部屋へとたどり着いているではないか。まずい、何かまずい臭いがする。わたしも倉間くんもいい年しているんだから、ここで油断して入るのは何かの危険が降りかかってきそうだ。いや、多分倉間くんのことだからない話かもしれないけど、万が一……ってわたしは何一人悶々と考え込んでいるんだろうか。恥ずかしい。別に何も怖いことないさ。いざとなったら倉間くんを殴り付ければいいんだから!あとが怖そうだけど気にしない。何で今更緊張するの?ほんと、わたしっていつもおかしい。毎回倉間くんに会うたび、気持ちが変化していくみたい。馬鹿みたい。

「ん、教科書貸せよ」
「あの、なくしてごめんね。ちゃんと見つけるから!」
「いーよ、弁償してもらうから」
「何それ怖い!やだ、絶対いやだ」
「なくしたやつが喚くんじゃねぇ。元はと言えばお前が悪いんだろ!」
「そ、そうですけど……、あれ」

顔を上げ、辺りを見渡したとき目にしたそれに、少しだけ驚きの声が上がってしまった。無駄な装飾品のない殺風景な倉間くんの部屋にひとつだけ、壁に掛けてある白い狐のお面。見覚えないとは言わない。だってそれは、去年の夏祭りにわたしが倉間くんにあげたものだから。

「倉間くん、あれ何」
「あれ?……あぁ、去年お前がくれたやつじゃん」
「そうじゃなくて、何で持ってるの?」

正直、あんなの遊び心だ。倉間くんに似合うかなーなんて不意に思って、お小遣いが余っていることを余裕に感じて買っただけ。まさかまだ残っているなんて……。あのお面を見なければ、去年の夏のことさえ忘れていたわたしから見れば、それはとても……

「捨てたかと、思ってたよ」
「捨てる理由もねーしな。飾っといた」
「嘘つけ、わたしが駄菓子屋であてた当たりの10円券直ぐ捨てたくせに」
「何年前の話だよそれ!10円なんて使い道ねーじゃん」
「お面の方が使い道ないでしょ!」
「何怒ってんだよ」
「怒ってない」

あぁ本当はこんなこと言いたい訳じゃない。いきなり口調が強くなってしまったから倉間くんも驚いている。だから、違うの。本当は、本当は、「ありがとう」って言いたいのに。ほら言っちゃえよ。それですぐ解決、はい終わり。ていう展開になれるのに。だけど口から出てきてしまったのは「ごめん」だった。あながち間違いではないけれど、もやもやが止まらない。当たり前だ。だってこんなこと言いたい訳じゃないんだから。

「ごめん、倉間くん」
「……ま、いいけど。それより勉強しね?俺2週間前からやってるお前と違って、時間ないんだわ」
「……は、?」

驚いた展開だ。倉間くんがわたしに勉強しよ、って言った!言い方には若干喧嘩売られているような感じがしたけど、気にしないでおこう。だってそれよりも、驚きの方が勝っているんだから。

「わたしと、勉強するの?」
「名字って社会得意じゃん」
「あぁ、そういう……」

なんだ、そういうことか。何だか少しだけ期待したわたしが馬鹿みたい。恥ずかしい。嬉しいような悲しいような感情に覆われてしまったのはきっと、水鳥さんが言っていたような状況になってしまったからに決まってる。もう、なんか、本当に、


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