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彼のとなりはいつも温かかった。きっとそれは、彼がわたしを拒まなかったからだろう。わたしの大好きだった場所に現れた彼の痛々しい痣を今でも鮮明な記憶のまま残っている。忘れようとしても、今更忘れらる訳がない。あれが、わたしと彼を繋いだ。決して交わることなんてないと思っていた。同じクラス?昔隣の席になったことある?そんなこと、どうでもいい!わたしにしか分からない彼の痛み、彼にしか分からないわたしの痛み。ねぇ、お互いの弱さ辛さ絶望、分かり合えるなんて嬉しさに満ちてしまう。わたしはきみでよかったって思ってるよ、クリストフ。名前を呼んだらきっと怒るから言わないけど。だから、ねぇ、モグラはどう思っているの?
静かに息を吐き、彼の吸っていた煙草の煙がゆらり揺れた。少しだけうつむいたのは、今した質問を考えてくれているから?もし願っていいのなら、「うん、よかった」と答えてほしい。なんてね。わたしが何を言っても意味はない。モグラの口から、きみの言葉で聞きたいのだから。期待は叶えられるか否か。モグラはわたしの顔を見ると一言、呟いた。

「俺はいつか、こんな町出てったる」

わたしの話、聞いてくれてなかったの?質問とはかけ離れた、いや全く関係のないその一言はどう解釈すればいい?いつか、この町を出ていく?思考を襲ったのは悲しみ、寂しさ、それとも恐怖?分からないけど、気分のいいものじゃないのは確かだ。彼の言いたいことは、何となく分かっている。ただそれを受け入れるか、否定するかが問題なだけ。そうだね、って言えば、きみは笑ってくれるの?だめだよ、って言えば、きみは悲しい顔をするの?

ときどき、モグラはしれっと嘘を吐く。「これかわいい?」「ええんとちゃう」そんなこと思ってないくせに。「今何時?」「8時45分」嘘つけ、まだ明るい時間よ。「わたしのこと好き?」「好き」、なんであんなこと聞いたんだろう。なんで、あんなこと答えたんだろう。わたしは未だに分からないよ。本当にそれが間違っているのか、正しいことなのか。だから今も、軽いジョークだったらいいのにな、って思っている。ねぇモグラ、わたしはきみが好きだよ。好きなんだ。本当のこと話してよ。ねぇ、ねぇねえ、クリストフ!

「その名前で呼ばんといて」
「……モグラ、」
「俺はこんな町忘れたる。この町で見たことも聞いたことも覚えたことも。出てってやる。こんな町、いたくない。さっさと消えたい、いなくなりたいんや」
「、うん」
「だから、お前も俺のことなんて忘れろ」

何かが弾けた音がした。……いや、違う。壁に立て掛けてあった彼のスコップを、わたしが倒してしまったんだ。「ご、ごめんね」謝る言葉は震えを隠さない。きっと、モグラが言ったことは本気だ。本気なんだ。
ねぇモグラ、分からないよ。それをわたしに言って、なんて答えてほしいの?わたしの性格、分かってくれてると思ってた。忘れられるわけないって、わかるはずでしょ。


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