txt | ナノ

「うわ、どうしよう。理科の教科書、無くしちゃった……」

部屋の何処を探しても見当たらないのは、倉間くんから少し前に借りたまま返しそびれた理科の教科書だ。いつも教科書を立てる棚を見つめてみる、もう一度スクールバッグの中をかき回してみる、もしかして、が引き起こした勢いでお母さんが整理した雑誌の山の隙間を調べてみる――だけど埋め尽くすのは混乱。何処にもない。
大体、関わらないようにとか言ってるくせに、自分からそれを起こすきっかけを握ってしまっているなんて、我ながら馬鹿だ。いや自分が馬鹿なんてことは昔から知っていた。要はタイミング。そう、このタイミングでこうなってしまうから、馬鹿としか言えないんだ。わたし、馬鹿だなぁ。

だけど、問題はそれ以前のものとなりそう。教科書がないってことは、倉間くんの試験勉強が進まないってことだ。ということは、わたし自身が倉間くんの勉強を邪魔していて、嗚呼、何か本当に申し訳ない。
もう一度、探してみよう。部屋に戻ろうと腰を上げたとき、ポケットに入っていた携帯がバイブ音を鳴らした。突然のことで驚くけれど、表示された文字にもっと驚いた。どうしてこういうとき、彼は電話をかけてくるんだろう。ほんと、タイミングの問題。

「もしもし…、倉間くん?」
「おい名字のバカ。俺の教科書は?」
「え、っとその、な、なくしちゃったー…、なんて」
「ふざけんな」

全くその通りだ。だけどふざけてない。真剣に無くしたことを説明すると、それはそれは長いため息が返ってきた。嗚呼、何も言い返せないこの歯がゆさ、情けなさ。でも仕方ない、わたしが悪いんだから。
素直に「ごめんね」と伝えると気持ち悪いぐらい素直に「いいよ」と返ってくる。身体が固まった。思考も、動かない。あの倉間くんが、いいよって言った!失礼なことを言うかも知れないが、わたしが謝って一度で許してくれたことなんてあっただろうか?倉間くんはそんな優しい人じゃなかった気がするけど……ほんと、大丈夫かな。

「倉間くん、大丈夫?」
「は、何が」
「だって今わたしが謝ったらいいよって言った!何か変だよ、倉間くん」
「2週間前から試験勉強してるお前に言われたくねーよ」
「なっ、いいことでしょ!」
「もういーから。名字の理科の教科書持って、今すぐ俺ん家来い。10秒以内な」
「え、ちょっと待っ……、切れてるし」

倉間くんが少し優しくなったと思って、嬉しかったのに……それも勘違いか。10秒以内とか人使い荒すぎだ。わたしが悪いから持っていくけど。仕方ないけど。嗚呼、わたし、関わらないんじゃなかった?今は試験勉強に集中して、恋から離れるんじゃなかったの?自分の言ってることとやってることが矛盾しすぎていて悲しい。わたしは、自分で決めたこともできないと言うの?呆れてしまう。

ちょっとした仕返しにお隣さんのインターホンを連打して鳴らしてやった。文句で怒鳴られようが睨まれようが止めてやらない。だけどもし、倉間くんのお母さんが出てきたら素直に謝ろう。
インターホンを連打して10秒後、倉間くんが扉を開けた。お母さんが出てこなくて少し安心したけど、目を疑ってしまった。倉間くんは怒ってなかった、睨もうともしていなかった。ただいつもの無愛想な表情で「入れよ」とわたしに言うんだ。

ここまで来て、引こうとは思わなかった。少し前にお邪魔させてもらった変わらない倉間くんの家の匂いがする。「お邪魔します」一言漏らし、靴を脱いだ。何でだろう。全然緊張感沸かない。どうしてなの。


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -