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「あれ、また名前いないじゃん」

練習しようと広場に集まってくると、それはいつも、たったひとつの言葉から始まる仕事だった。仕事、なんてたいそうなものじゃないかも知れないけど、それが俺の日課となってきている。周りの視線が、自分に集まってくるのが分かった。はいはい、分かりましたよ分かってますよ。俺が名前を呼びに行けばいいんだろう。別にそれを苦と思ったことないからまだ良いものの、これで何回目かな。少々、面倒臭くなってきたのは、実は本音だ。
いつもなら何処にいるっけ。確か――嗚呼思い出した。もう見えてきた。そこには確かに名前がいて、何やら蹲っている。もしかして、調子悪いのか?だから練習に参加しなかったのかな。いつもならお腹空いたーやら眠いーやら、意味のない言い訳を浮かべ、迎えに来た俺を追い返そうとする。今回は、強ちそういうのじゃないのかも知れない。いくらサボりの常習犯だとしても、彼女だって調子が悪いことはあるだろう。

「名前?どうしたの?」
「……カイ?」

少しだけ弱々しい声だった。もしかして、本当に調子が悪いのかも。いつも元気で明るい名前を感じ取れない。不安になって額に手を当ててみたけれど、熱があるというわけでもないみたいだ。

「カイ、何してるの」
「いや調子悪そうだから、熱ないか確かめてみただけ」
「熱なんてあると思う?わたしだよ?あはは、大丈夫だって」
「調子悪くて練習サボったんじゃないの?」
「あー眠くてさ」

やっぱり名前は名前だ。今回に限って調子が悪いなんてことないのかよ。心配した自分がばかばかしく思えてちょっと恥ずかしかった。だけど名前は気付いてないみたいだからまぁいいや。……それよりも、元気なのに練習をサボるなんて……。またシュウに叱られるよ、そう言うと名前は笑った。いつも通りだ。

「ほら練習行こうよ」
「……今そういう気分じゃないんですけど」
「ほんとにシュウに叱られるよ?」
「そんときはそんときですよ」

嗚呼、面倒なことになった。いつもいつも、塞ぎ込んだ名前を慰め説得するのに時間を食らってしまう。いつも名前を連れ帰ったときだって、みんなに言われるよ。「今日も大変だったな」って。そんなこと言うなら、一度お前も名前と話してみるといい。どれだけ大変か、ちゃんと身をもって知ることになるから。
本当は正直、こんなことに時間を取りたくない。俺は今すぐにでもみんなと練習したいのに。それが、叶わないんだから。

「ねぇカイ、わたしのこと好き?」
「はぁ?何言ってんの」
「いいから答えてよ。答えてくれたら、練習行く」
「何それ。……好きに決まってんじゃん」
「あっそ。嘘吐き」
「嘘じゃないよ」

いきなり変なこと聞き出すし、答えても信じない。やっぱり今日の名前は変なのかも知れない。まぁ、いいか。答えたから練習来いよ、掴んだ手は少しだけ熱かった。俯いたその顔を確認することなく進む足を拒むように、名前の足が立ち止まる。振り返ると、小さな呟きが聞こえた。か細く、今にも消え入りそうな声だ。「ごめんね、カイ」……どうせいつものことで、今更なんだから怒ってない。大丈夫だよ、そんな意味を込めてもう一度手を強く握りしめると、名前がやっと顔を上げてくれた。だけど、その表情は何とも言えない切なさが入り交じっていて、俺はどう言葉をかけていいのか分からなかった。
何が間違ってるって言うんだよ。


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