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わたしは何に期待していたのか。デートというのだから、何処かのテーマパークへ行くとでも思っていたのか。だけど、実際は違う。まぁ、何となくは予想していた。きっと風丸さんはテーマパークで騒ぐより、一緒に歩くこと自体を大切にしてくれる人だって。だからがっかりしなかったし、むしろ嬉しかった。わたしはジェットコースター得意じゃないし、こういった落ち着きのある方が好ましい。
近くに寄った喫茶店でお茶をしている姿は、端から見れば恋人同士にちゃんと見えるのだろうか。もしこの光景をクラスの誰かに見られたらどうしようかなんて考えてしまっている。一人オロオロし出したわたしを見れ、向かい側に座る風丸さんは少しだけ笑った。この人はいつも、どうしてわたしを見たら笑うんだろう。だけどそれは、優しいものだ。

「名前ってさ、やっぱりこういうのって恥ずかしいの?」
「え、な、何が、ですか」
「だからこうやって俺と出かけること」
「……まぁ、た、多少は」
「そんな必要ないんだけどなぁ」

未だに会話しても敬語は抜けない、一緒にいても何か低姿勢、もっと言いたいこと言えばいいし、遠慮なんて要らない。そう、強い口調で言われてしまった。でも、そんなの仕方ないじゃん。自分で言うのも何だけど、わたしは気が弱い。内気だし。今更それを変えようなんて、できっこない。
それに狩にわたしがそんな強気な人間になって、言いたいことはっきり言える人間になって、それが風丸さんの迷惑にならないか心配だ。……結局わたしは、人に嫌われることを一番避けたい。だから大人しく生きていたいのに。
静かなため息と一緒に、わたしはよく分からない疑問を叩きつけられた。気がした。タイミングよく注文した風丸さんのショートケーキがきた。赤い苺が印象的だ。……わたしは何も、注文しなかった。これと言って何か食べたいものもなく、別に向かい合って話しているだけでもいい気がするから。別にわたしが何も注文しなくたって、風丸さんの機嫌を損なうわけでもないんだから、大丈夫。と思っていたのに。
よく分からない。だけど、足に痛みが走った。瞬時のことで頭が回らず右往左往しているわたしに、風丸さんが言った。「ごめん、俺の足が当たった」……だけど、何かその声にはこもっている。もしかして、怒ってる……?

「風丸さん、何か、怒ってますか?」
「別に」
「う、嘘だ、何か怒ってますよね?!」
「じゃあ言うけど、いい加減名前のその態度何とかしろ」

いつまでも抜けない敬語、いつまでも遠慮下な態度。堂々としてくれていいのに……。ため息をまた吐くぐらい強い口調で言われてしまえば、自分がどれだけ風丸さんに失礼なことをしてきてしまったかが分かる。今すぐに謝ったところで、多分状況は変わらない。だってきっと、わたしのその謝り方にも、問題があるんだから。
だからといって、ここで風丸さんに「じゃあどうすればいいんですか」なんて聞いてはいけない。情けなさ過ぎる。わたしはもっと、自分を恥じるべきだ。そして、ちゃんと謝ろう。今までのわたしを脱ぎ捨てなければいけない。

「風丸さ、……か、風丸くん」
「え、名前……?」
「敬語、が、頑張ってやめま、やめる。態度も、か、変える。あの、だから、その、怒らないでくだ、さい」
「……そんな怒ってないよ。ごめん」

蹴ってごめん。小さな声だったけど、聞こえた。ケンカをしたわけじゃないから、仲直りでもないけど、今少しだけ風丸さんに近づけた気がする。わたしはそれを、嬉しいと感じることができた。すごく、嬉しかった。


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