txt | ナノ

朝学校へ着くと、とりあえず数学の問題集を広げ、シャーペンを手に取る。ノートに書き綴る計算式の意味は、実はあまり理解できていない。頭の上から茜ちゃんが相変わらずかわいらしい声で「おはよう、名前ちゃん」という言っているのが聞こえる。静かに「おはよう、茜ちゃん」と返し、でも問題集から顔を上げない。だけどきっと、そのことに関しては茜ちゃんは何も言ってこないだろう。ちらりと覗いてみると、やっぱり。ちっとも気にしてない様子。鼻歌なんて歌って、楽しそうにカメラを弄っている。うん、流石茜ちゃん。
そんなとき、「名前ー!」とわたしの名前を呼ぶ声がもうひとつ聞こえた。水鳥さんだ。「おはようございます」短く言っておくと、震えた声で返答が来た。おはよう、じゃなかった。朝から、まるでこの世の終わりみたいな顔をしてわたしを見ている。「お前、何で勉強してるんだよ」そんなの、答えは簡単だ。

「1週間後が期末だからです」
「違うだろ、明日から1週間だろ?」
「あんまり変わりませんよそこ」
「名前ちゃん2週間前くらいからこの調子なんだよね」
「マジかよ。…だ、大丈夫?」

水鳥さんがとても心配そうな顔で、わたしを覗き込む。む、失礼だ。勉強していて何が悪い。……そりゃ、自分で言うのもなんだけど、わたしはテスト1週間前にやっと勉強しようという気になる。実際勉強を始めているわけじゃない。だけど、今回は特別だ。期末テストだから、というわけでもないけれど。もっと違う理由だけど、きっとここで言ってもあんまり理解してもらえない。

「今の名前を見たら倉間も驚くだろーなぁ。最近、倉間とはどう?」
「え、知らない」
「は、知らないって?」
「最近、倉間くんと喋ってなければ、登下校もしてないんですよ。まぁそれは別にどうでもいいんですけど」
「どうでもよくないだろー」

訝しげな目が、わたしを見る。嗚呼やっぱり説明しなきゃいけないのかなぁ。すでに説明を終えた茜ちゃんが、水鳥さんに全部話してくれる……なんてことはないから、期待しないで置こう。ほら、茜ちゃんわたしの視線に感づいたのか、目を明らかに逸らしたし。順を追って説明するのはきっと長くなるし、わたしも恥ずかしいから、簡潔に短くそれを言葉にした。「今はちょっと、恋からは離れたいんです」

最近、自分の想いに気付けたのはいい。それが本当なのか、と迷ったときもあったけど、それも解決した。そこまではいい。だけど、頭の中ずっと倉間くんの自分にちょっとだけ嫌気が指した。わたしは恋に生きたいわけじゃないんだ。恋もしたいけど、勉強もして、ついでに部活も楽しく過ごしたいと思った。つい最近、思ったことだ。茜ちゃんに話したときは「名前ちゃんの好きなようにすれば」と言ってくれた。やっぱり、流石茜ちゃんだ。わたしの友だち。
だからとりあえずは、目の前に迫る期末テストの勉強。苦手な教科は数学と英語。これを克服してから、落ち着いて後から追う問題をといていく。だから、今は何も言わずに放っておいてください。それが切実な想いだから。だけど、水鳥さんは水鳥さんだった。途中からわたしの話なんて聞いてなかったみたいで、一通り説明を終えたわたしに向かって、言うんだ。

「じゃあさ、倉間と勉強でもしたら?」

この人ってほんともう……懲りてないなぁ。


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -