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お互いが好きになったのは、両想いのお似合いな二人組だった。こんな、作り話みたいなことが現実に起こりうるだろうか。顔を見合わせ笑い合ったときの、佐久間の顔は笑っていたけど、辛そうだった。そんな顔しないで、そう言いたかったのに、先に目を背けたのは佐久間だった。「名字、そんな顔するなよ」……どうやら、わたしも同じように酷い顔をしていたみたい。慌てて拭った目元には涙が浮かんでいた。そうか、これが失恋というやつか。わたしが失恋したら、それは佐久間の失恋だ。でも佐久間は泣いていない。佐久間の長くて綺麗な髪がさらりと揺れた。「お互い、よく頑張ったよな」「うん」「だからさ、泣きたくなっても仕方ないよ」「……うん」「名字、どうした?今の間はな何だよ」「……いやだって、じゃあ何で、佐久間は泣かないの?」「俺男だからいちいち泣かねぇの」「ふぅん。何か佐久間カッコイイね」「惚れるだろ」「……うん」「でも好きになって欲しい奴からは、好きになってもらえないよな」「恋ってなんか、難しいね」「うん」
互いの傷跡を舐め合うように、自分たちはよくやった、とあのときは言い合ったものだ。これから吹っ切れるのか、それとも想い続けるのかは分からない。どちらにせよ、あのとき確かにわたしたちの恋は終わったはずなんだ。いつまでも未練たらしく引きずる意味も義務もない。分かっていたはずでしょう?これ以上あの人を見ていたって、辛いだけなんだから。
だけど、今日もわたしは雨が降りしきる夜、佐久間の家へ逃げ込んだ。


〜〜〜


「は、また?」
「……ごめん佐久間。なんか、どうしても来たくて」
「お前も懲りないよな」
「……ごめん」
「謝る前に身体拭け。よくこんな土砂降りの中俺ん家来たな」

投げつけられたタオルで髪を拭き、佐久間の家へと上がり込んだ。もう、数えるのも面倒になるほどわたしはこの行為を繰り返している。毎度迷惑をしているのは佐久間だと分かっている。そんなの、佐久間しかいない。だけど、止められない。辛いとき悲しいとき泣きたいとき、わたしはいつの間にか佐久間のいる場所へ逃げ込むことを自分の救いとしてしまっている。だけど、帰れよとかもう来るな、とは言われたことない。昔お互いの弱みを知りつつ、協力し合ったからかな。佐久間はいつも、優しかった。

「何か飲む?ココアかミルク」
「じゃあミルクティー」
「そんな選択肢ねぇだろ勝手に作るなって」
「だって熱いの飲めないんだもん。わたし猫舌なんですけどー」
「あーはいはい、分かったよ」

佐久間の家に行くと、大抵何か飲み物をくれる。あえてわたしが佐久間の出す選択肢以外のものを言っても、ちゃんと出てくるんだから佐久間の家って不思議。一回家中を探検させてもらいたいなんて思ったこともあったけど、流石にそこまで仲良いかと聞かれたら、きっと違うと言われてしまうから行動しない。差し出されたマグカップは少しだけ冷たかった。このくらいの方が、わたしは飲みやすい。落ち着く。
また何かあったの?静かにそう、佐久間が問いかけた。来た、ここに来た意味だ。もう一口だけミルクティーを含み、それから頷いた。あのとき確かに終わったはずのわたしの恋は、終わることができなかった。今でもわたしは、彼女がいる彼を未練たらしく想ってしまっている。どう考えたって、それを止めることができない。できれば、止める方法を知りたいんだけど、きっとできないんだ。
佐久間はすごいよね。不意に口からこぼれた。そう、佐久間はすごいと思う。彼女のこと吹っ切れて、あんなに悲しくて辛くても立ち直って、今じゃ普通に生活送って。わたしにはできないことをやってのけてしまう。

「そんなに辛いなら、止めちゃえばいいのに」
「……そんなことできたら苦労してないって。無理なんだもん」
「じゃあ俺と付き合うか」
「は、何言ってるの。冗談でしょ」

一瞬を目を疑ってしまいそうだった。何言ってるンだこいつ。本気で言ってるの?確かに吹っ切れたかも知れないけど、そんな簡単に「じゃあ」みたいなノリで言うような言葉ではないはずだ。まぁ佐久間が「嘘だって」と笑っていたから流せた話だけど……何だろ、今胸にちくっと来た。何だろうこの痛み。知ってるようで知らない。こういう肝心なときに、出てこないんだから。

「じゃあ、ミルクティーご馳走様。ごめんね、こんな夜に。わたし、帰るね」
「あぁ、うん。じゃあな。気を付けて帰れよ」
「あの佐久間、毎回、ごめんね」
「いいよ別に、今更だろ。……またこいよ」

きっと帰り際、佐久間がそう言ってくれるから、わたしはいつもここに頼ってしまうんだ。でも、それでも受け入れてくれるから、自分が悪いとかいけないことしてるとか思えなくなっちゃう。ごめんね、本当にごめん。だけど、多分わたしはもう一度失恋しないカ限りここに来続けるんだ。
だって、佐久間のいる場所が、一番落ち着く。


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