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夕暮れのオレンジと沈黙の空気がわたしたちを包んでいた。会話の生まれない帰り道を歩くぐらいなら、帰ろうと言われたときに断ればよかった。だけどそんなことできるわけもなく、この空気が重たいのが正直な気持ちだった。でもやっぱり、そんなことも口にはできない。それにさっきから風丸さんはずっとわたしを見ている。視線を合わせるのは怖いから、合わせないようにと俯いて歩くけど、彼は一体何を見ているというのだろう。もしかして、寝癖とかついてたとか……?慌てて髪を触って確認してみる、だけど実際鏡を見ているわけじゃないから、分からない。
何か言いたくて、振り返ろうとした。だけど目に映ったのは風丸さんの慌てたような顔と開きかけた口元。「おい、前――」遮られたと思ったのは、わたしがそこから聴覚を働かせられなかったから。さっきぶつかった痛さとは比べものにならない程の衝撃がおでこを襲う。わたしは、真っ正面から電柱にぶつかってしまったのだ。

「いた……」
「ちゃんと前向いて歩けよ。今日ぶつかるの何回目?」
「た、確か、二回目です」
「真面目に答えなくていいよ」

はぁ、と小さくため息を吐かれた。これは、謝るべきなのだろうか。あたふたして、どんな行動を取ればいいのか分からないわたしに、小さな笑い声が聞こえる。さっきまでため息を吐き、少し呆れた表情を見せていた風丸さんが、お腹を抱えて笑っていた。どうしたら、こんな状況になるんだろう。

「な、何笑ってるんですか……」
「だってお前、今日、何回目だよ」
「だから、2回目だって……!」
「2回もぶつかるか普通。あー面白い。お前、面白いよ」
「なっ……」

心を覆ったのは驚きと戸惑いのものだった。自分の失敗をこんなにも笑われたこと何てなかった。また、それを面白いと言う意味が分からなかった。失敗したら、呆れられて怒られて。いつの間にかわたしの中でそれが当たり前だったのに、違うのだろうか。風丸さんはわたしを見ると、言った。「俺、名字のそういうところ好きだな」――好き、だって。やっぱり、その言葉が理解できなくてもっと混乱してしまう。そんなわたしを包むように手を取ると、歩き出した。
もう一度わたしを見て、「帰ろうか」と。


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