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陽気な日差しが部屋の気温を上げていく。一日で一番気温が高くなる時間から少し過ぎたとしても、それ程差のない暑さに少しだけ息を吐いた。捲ったページはやっと10という数字をちらつかせ、何だか落ち着かないのは何故だろう。図書室に来て何度時計を確認したか、分からない程だ。集中できないけど、目線を文字に映す。だけど、やっぱりゆっくりと動く時計の秒針を目で追ってしまう。あぁ、もう、何だか耐えられない。調子が悪いわけじゃなくて、わたしはただ心の何処かで期待をしているんだ。あの日風丸さんと約束――と言えるようなものじゃないけど、本の返し方を教えると言った。それから、何日が過ぎたというのだろうか。実に5日。ほぼ1週間が過ぎているのに、彼はまだ現れない。もしかして、わたしが教える前に違う子に頼んだ或いは返してもらった?なんて、薄情な人だろうか。

……バカみたいだ。ちょっと得意になっていた自分を殴りたい。立ち上がり、椅子をしまってバックを手に取った。今日はもう帰ろう。これ以上この場所で待っていたって、風丸さんは現れないし、きっと来ない。わたしの独りよがり、それでお終い。嗚呼何だか視界がぼやけ出す、本当に情けない。泣いたって意味ないのに。……そんなとき、前方から来る人影に大胆にぶつかってしまった。こんなこと、前にも一度なかったっけ。

「いたっ」
「いって……あ、悪い。って、あ、」
「か、風丸さん!」
「なんだ、名字か」

なんてことだろう、ぶつかったその人は風丸さんだった。そういえば前に一度風丸さんと同じように図書室の入口でぶつかったことがあったっけ。偶然と呼ぶにはちょっとおこがましい出来事も、彼にとってみれば大したことでもないらしい。少しだけ笑うと、「会えてよかった」と小さく呟く。なんで、そんなこと言うの。

「丁度よかった。今からこの本返そうと思うんだけどさ」
「……風丸さん、わたしそれ1週間前に言ったの覚えてますか?」
「あー、うん。俺だって忙しかったんだよ」
「………」
「え、名字?」

黙り込んでしまったわたしを心配するかのように覗き込み、だけどわたしは顔を上げることができなかった。今、風丸さんに対してどんな顔をすればいいのか分からない。ねぇ、どうして、分からない。忙しいのは分かる、だけど、だったら他の子に頼めばよかったんじゃないかな。
素直じゃない感情がぐるぐる回る。本当に、嬉しかった。わたしを本当に頼ってきてくれたことも。だってこんなこと、今までに一度もなかったんだから。だからこそ、その事実を受け容れていいのか分からない。

「何だよ、怒ってるのか?」
「お、怒ってません」
「そっか。じゃあ、やろうか」
「あ、はい。……カウンターにあるその機械で――」

順を追って説明していくと、風丸さんはそれ通りに簡単にやってのけた。元々難しい作業ではないのだから、きっと一度教えれば簡単に覚えてしまうんだろう。一通りにそれを終えると風丸さんが呟いたのは「何だ、意外と簡単だな」の一言だった。そう、元々難しいことなんてひとつもないんだから。だから今度から自分でちゃんとやってくださいね。そう言えば笑われた。あぁ、何だか穏やかでこういうのはいい。わたしも、ついこの間まで知らない男の子とちゃんと会話できている。

だけど、終わってしまって何だか寂しかった。終わり、終わったから、もういいだろうか。風丸さんは持っていたバッグを持ち直すと、入口へと歩き出す。ありがと、じゃあな、とも言わないで、行ってしまうのだろうか。だけど、引き止めることはできない。だってそんな勇気、何処にもないんだから。

だけど、風丸さんは振り返った。わたしと見ると「帰ろうよ」と一言、そう言ってくれた。またひとつ、大きく心臓が跳ねた。わたしは一体、何をそんなに敏感になってしまっているの?


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