吹雪くんはよく好きだと言ってくれる。素直に嬉しかった。たとえそれが軽そうで、口からいとも簡単に出てきた言葉だろうと、わたしは嬉しかった。吹雪くんは優しそうな顔で、ときに悲しそうな顔で好きだと言ってくれる。どうして悲しそうな顔をするのか分からないけれど、優しそうな顔をしてくれると、わたしもつられて笑顔になる。にこっと効果音がつきそうなそれを、今まで何度も繰り返してきた。だってそれが正しいことだと思っていたから。本当は、多分、勘違いだったのかもしれないけど。最近、その行動が上っ面なような気がしてきた。ちょっとだけ辛くて、苦しくなった。わたしは真剣に吹雪くんとお付き合いしているつもりだったけど、もしそれが彼に伝わってなかったらどうしよう。
だけど、それを一人黙って溜め込むのは気が引けた。いや、ただわたしが一人抱え込むのが怖くて嫌だったからかもしれない。隠さず、吹雪くんに話してしまった。
・
・
・
「……で、名字さんはそれを僕に話して、どうしたいのかな?」
「わたしも正直、分かんない」
「うん」
「だからきみに話したの」
こっちは真剣だというのに、吹雪くんはわたしが一通り話を終えると、くすりと小さく笑った。ちょっとイラッときて、何で笑うのかと聞いてみると、やっぱり笑われた。だってきみが変なこと言うからさ。……意味が分からない。
「ねぇ名字さん、キスしようよキス」
「は、何で」
「いいからいいから」
「……いいよ」
向かい合っていた席を移動して、吹雪くんはわたしの隣に座った。そっと髪を撫でてから、顔が近づいてくる。触れた唇が優しく、柔らかい。そういえば吹雪くんはキスが上手かった。甘くて、まるで一掴みの砂糖のように。何度かキスはしてきたけど、改めて思うと吹雪くんはいつも優しい。こんな自分じゃ勿体ないんじゃないかと思える時期もあったのを思い出してみる。やっぱりあのときも、吹雪くんは優しく髪を撫で、キスをしてくれた。まるで子供をあやすように。
「別に上っ面なんかじゃないよ」
「……」
「……って、僕は思ってるんだけど、それじゃだめかな」
「……ううん、いい。わたしも、信じてみる」
と、わたしはとりあえず言ってみた。嗚呼そうか。確かにわたしたちの関係は、きっと上っ面ではない。結局は中身がどうのとかの問題になるのだろうけど、わたしは吹雪くんが好きで、吹雪くんもわたしが好き。だから今があって、ここに在る。それはつまり、成り行きなんかじゃなくて、わたしたちが過ごした時間たちが築いてくれたもの。だから今まで大切にしてきて、わたしの頭の中も心の中も、埋め尽くしてきた。だというのに、未だに納得しきれないのはなんだろう。
「ねぇ、吹雪くん」
思い付いた疑問、悩み、をあなたに簡単に問いかけてしまうこの唇なんて消えてしまえばいいのに。吹雪くんの唇が、触れちゃいけない気がした。
ふわふわした感情は、何処に捨てればいいのかな。
それがあなたへの感情だって、言ってしまったらわたしたちはきっと終わってしまうね。それだけは嫌だと叫んでいるから、やめておく。きたない。