txt | ナノ

部活が終わると、すぐにでも教室を抜け出し、校庭に足を急がせた。時計を見てみれば5時をちょっとばかし過ぎたぐらいで、だけど止まろうとはしない。こんなに急いだって、サッカー部の練習がまだ終わってないことくらい、わたしは分かっているはずなのに。少しばかりの緊張と不安を両手いっぱいにかかえ、急ぐ足を早めるばかりだった。どこか矛盾したそれを指摘する人は今いない。

校庭へ出てみると、ホイッスルの音がよく聞こえてきた。遠くの方で小柄な男の子がボールを蹴っている。倉間くんだ。倉間くんがああやって、ボールを必死に追いかけ蹴って扱う姿を見ていると、ときめきは起きないものの、不思議な気持ちが沸いてくる。倉間くんも、サッカー部なんだなぁ、なんて。本人の前で言ったら絶対に睨まれ、蹴られるんだろう。実際今日の朝も蹴られそうになったし。あれは避けられたけど、もし本気を出されて挑まれたらひとたまりもない。あぁ、何だかちょっと、情けない。

はぁ、とひとつため息がこぼれてしまった。それが何に対してのものなのかは分からない。その場にうずくまり、とりあえず時間が早く流れることを願っていよう。その体勢で何分も固まっていると眠たくなってきてしまいそう。そう、後ろから誰かが近づいてきたことに全く気が付かなかった。

「おい、大丈夫か?」
「……え、え?」
「具合でも悪いのか?」
「え、いや、ち、違います」

振り返ると男の人がいた。何処かで見たことあるような、ないような。ただこの人が心配しているようなことは一切なく、誤解であることを言わなければならない。その場でうずくまることは、遠いところから見れば、お腹が痛いようにでも見えたんだろう。思わず立ち上がり、頭を下げる。相手の方は驚いたみたいだけど。

「心配してくださってありがとうございます。だけど、わたしは別に何ともないですから!」
「そうか、ならいいんだ。いや、きみずっとグランドの方見てたからさ」
「え、なんか、すみません」

いつか水鳥さんに言われたように、何してたんだとか聞かれるんだろうか。もしかして、ストーカーに思われた?正直自分でも気が引けた。何で毎度こうなるんだろう。だが、男の人が言ったのは意外な一言だった。

「きみ、何を見ていたの?」
「え、わたしですか?」
「うん、そう」
「そ、それは……あの、なんと言いますか、」

まさか特定の誰かを見ていたなんて恥ずかしくて言えない。あ、あのですね、なんて歯切れの悪い言葉に大した反応を見せず、男の人はもうひとつの質問をした。「きみ、サッカーは好きか?」……意味が分からなくなってきた。

「サッカーは、好きです。た、多分」
「だよな!まぁ女子は入れないけど、マネージャーとかなる気あるのか?」
「ちょ、待ってください!話飛んでませんか?!」

わたしとこの人はさっきまで何の話をしていただろうか。その人はわたしの言葉を気にも留めず、にかっと笑った。さっきからこの人のペースで進められていく会話に、果たしてわたしはついていけてるのだろうか。不安だけど、わたしも気に留めなかった。

「俺さ、今雷門サッカー部の監督をしてるんだ」
「そ、そうなんですか」
「いいよなぁ、やっぱり雷門は!サッカー好きな奴がいっぱいいる」
「…そうですね」

何となく、昔のことを思い出してみた。幼稚園の頃は男女関係なく同じ場所に立ちサッカーをしたような気がする。倉間くんと同じ幼稚園だったわたしも、何回か彼と遊んだだろう。あの頃と比べたらサッカーを大好き!と胸を張って言えなくなった。だけど彼は今も変わらず、胸を張ってサッカーが好きだと言うんだろう。何だか急に遠く感じた気がした。昔から好きなもの好きと言えるって、思えば素敵なことだ。わたしにはできないことだけど。

気付いたときには、男の人はいなかった。勝手にいなくなってしまうなんてどうかとは思ったけど、まぁいいや。夕焼けに染まり始めた空を仰いだ瞬間、チャイムが鳴った。遠くの方からホイッスルの音が聞こえる。少しだけ、緊張してきた。もう、そろそろだ。


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -