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正直逃げ出したい気分だった。だけど硬直した身体がそれを許さない。小刻みに震えている肩は一体、何に怯えているのだろうか。目の前で反応に戸惑っている女……じゃなくて、2年生はどうやら年上だったらしい。よく見れば、俺より少しだけ背が高い気がする。敗北感でいっぱいだった。いやそれより、これって謝らないといけないんだよな。気を取り直し、低姿勢で話しかける。さっきまでの威勢が嘘のようだった。

「あ、あの、さっきはすみませんでした」
「何が?」
「年上だったのにその、言葉遣いが……」
「んーあんまり気にしてから大丈夫だよ」

まぁこういう人なら、そう言うんだろうな。心の何処かで感じていた鉛のような重さは直ぐに消えていった。どうせここ一回限りの出会いだろう。別に同じ部活というわけじゃないから、そんなに上下関係に気を配る必要も……ないと、信じたい。そんなとき、チャイムが鳴った。完全下校まで、あと少ししかない。

「あ、じゃあわたし帰りますので!またね、倉間くん!」
「え、あ、はい。……、……」

またねって、何だよ。確かに同じ学校だから廊下ですれ違う程度ならあるのかもしれないけど、もう会わないと思う。っていうか、会いたくない。あんなマイペースで変な奴、こりごりだ。
だけど、一度しか交わしてない会話でも、あの人は確かに俺の名前を呼んでいた。別れ際、あの人の名前を呼ぶかで迷った。別にそんなこと、どうだっていいのに。


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