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ずっと前から、この日を待っていた。朝起きたときどんな風におはようと言うのか、どのようにプレゼントを渡すのか、どう好きと伝えようか。くだらない悩みを幾つも抱え、その今日を迎えた。早起きが取り柄の名前は、きっともう起きて、誕生日である今日を満喫しているに違いない。朝から出かけていることはないと願い、名前の家へと向かう。





「名前ならまだ寝てるわよ」
「え?」

思わず呆けた声が出てしまった。聞き返したように受け取られたのか、名前の母親は俺に対してもう一度「名前ならまだ寝てるわよ」と言う。ご丁寧にどうも、だけど今はそこを追求したいわけでない。今日本当に、名前の誕生日ですか。小さな疑問も、壁にかけてあったカレンダーの印を見れば解決されてしまう。今日の日付に、確かに印が書かれていた。

じゃあ名前起こしてきてくれない?笑顔でとんでもないことを言うものだから、反論する余裕もなく俺は名前の部屋へと行かされる。正直、名前の部屋に入るなんて初めてだ。緊張が心臓から張り裂けそうなくらい溢れ出ている。だけどこれは仕方ないことで、また丁度いい出来事だと思えた。
これで名前が起きたなら、伝えたいことが言えるんだから。

入った部屋は、意外と殺風景で今時の女子の部屋と思えないのが本音だった。ベッドの中には少し出来た膨らみが、名前だと物語っている。毎日朝早く起きているんだから、寝起きは悪くないはず。きっと軽く揺らして声をかけるだけで起きてくれると勝手に考えていた。……甘かったけど。

「名前、起きろよ」
「…」
「おい、起きろって」
「…誰……、ユウキ君?」
「うん、そう」
「意味分かんない」
「は?」

寝ぼけたのだろうか。第一声が「意味分かんない」って、俺の方が意味分かんねぇよ!怒鳴ってしまいそうだったけど、今日は名前の誕生日なんだから。出来るだけ穏やかで優しく、そんな俺を目指してみよう。挫けずもう一度揺らしてみるけれど、今度は小さなクッションを投げられた。受け止めることは出来たけど、やっぱり我慢ならない。

「お前さ、今日誕生日なの知ってる?早く起きろって」
「誕生日ぐらいゆっくり寝たいんですけど」
「………」
「それとも何、こんな朝早くわたしに何か用ですか?」

10時近いこの時間の、何処が朝早くだと言うのだろうか。その挑発的な態度に、何だか悲しくなってきた。何だこれ、情けねぇ。もしかして別に、名前は誕生日なんて楽しみにしてなかった?

「プレゼント、渡したいんだけど」
「え、本当?ユウキ君が、わたしにくれるの?」
「うん」

持ってきた小包を取り出し、名前に渡した。流石に名前もプレゼントに釣られたのかベッドから起きあがる。ジャージにTシャツなんていう色気の欠片もない服だけど、今はそんなの関係ない。開けていい?と笑う名前に頷いた。何だか恥ずかしくなってきた。目の前で自分が必死になって考え抜いた名前の喜ぶプレゼントが目に触れる。小さな小さな、花飾りだ。

「これ、ユウキ君が選んでくれたの?」
「い、一応」
「何か、似合わないね」
「うるさいな、名前に似合えばいいよ!」
「あはは、何それ」

素直に、そう、名前が笑った。あぁ、ホント適わない。さっき浮かべた感情全て消えた気がする。俺も釣られて笑った、気がした。ベッドの上でその花飾りを何処に飾ろうかと悩んでいる名前が素直に可愛いと思えたし、愛しいとも思えた。きっと名前の中で、自分に花飾りを付けるという思考はないんだろう。それもそれで、名前らしい。

大切にするね、と名前が言うんだから、もう抑えられなくなった。止まらない感情に身を任せて名前の唇にキスを落とす。驚いた顔が、目の前に映った。あとで怒鳴られようと泣かれようと、全部受け止められる。

好きだよ、短く伝えたその言葉に、きみは一体何を返してくれる?



遅れながらもアラタさん、誕生日おめでとう。


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