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「名前、お客さんよー」
「え、誰?」

2階で勉強をしていたわたしを呼んでいるお母さんの声が聞こえた。もしかして、わたしに誰か電話でもしてきたのかな。部屋を出て1階に降りていくと、少し驚いた目でお母さんがわたしを見ている。「あんた、男の子の友だちなんていたんだね」……失礼だ。さほど湧いてはこない怒りも無視し、お母さんのその言葉から相手の電話が男の子だと知る。わたしにだって男の子の友だちぐらい1人や2人いる。きっと誰かは限られてくるだろうけど。

「それで、誰から電話?」
「電話じゃなくて、直接来たみたいなのよ。玄関で待ってるわ」
「…え、誰?」
「トウヤって言ってたけど」

言葉が出なかった。トウヤ君とはメールとか文通とか、それこそ電話で連絡を取り合うような友だちだ。同じ町に住んでいるというのに、そんな面倒なことばかりしているわたしたちだけど、これが中々楽しかった。途中トウヤ君は旅に出てしまったけど、それでも連絡は続いていたのだから。
だけど最近、何一つ言葉を交わしていない気がする。トウヤ君から何の連絡もなかったということもあるが、わたし自身忙しかったのが理由だ。そのトウヤ君は、まさか直接会いに来たとは……まさか、怒ってるのかな。

「ほら待たせてないで、早くいきなさいよ」
「うん」

本当はちょっと怖くて、本音は行きたくなかった。だってわたしは忙しかったのは本当だけど、メールひとつ打つ時間は十分にあったはずなのだから。きっとわたしはトウヤ君を怒らしてしまった。もしかしたら、もう連絡取り合うのやめようって言われたりするのかな。いやだな、そんなの。

玄関先に、彼は立っていた。外は少し寒いのかマフラーをして肩を竦めている。トウヤ君、と名前を呼んで振り返ったその顔を見て、少しだけ安心したのはきっと、トウヤ君の顔が優しかったからだ。

「久しぶり、名前」
「ひ、久しぶりだね。どうしたの?」
「別に。会いに来ただけだよ」

笑って誤魔化すようなことはしないで。言いたいことがあるなら、はっきり言ってくれて構わないから。だけど、その一言がどうしても言えない。だってわたしは、トウヤ君とのこの関係を終わらせたくないんだから。

「あ、それ」
「え?」
「その髪縛ってるゴム、俺が去年あげたやつだよね」
「あ、うん、そう」

意識して使っていたわけじゃない。ただ去年もらったトウヤ君からの贈り物を大事に使っていただけ。今ではそれが日常的なことになり、今トウヤ君に指摘されるまで自分でも気づかなかった。
そういえばこれをトウヤ君からもらって、一年ぐらい経つんだ。

「あ、あのさ、トウヤ君」
「何?」
「えっと、ごめんね。連絡とかできなくて」
「いいよ別に。俺もしてなかったし。だから今日、会いに来たんだ」

ふわり――、優しく柔らかくトウヤ君は笑った。そっと近づいてきた手はわたしの髪を撫で、そっとゴムを触った。大事に使ってくれて、ありがと。短くだけど、確かにトウヤ君はそれを耳元で囁いてくれた。酷く甘い声だ。

「じゃあ、また来るから」

また、を期待してもいいだろうか。まだこの関係が終わらないと、信じてもいいだろうか。そんな不安、杞憂なのを本当は分かっていたでしょう?だってトウヤ君が、笑っていたんだから。



こっそりいおさんに捧げます。1周年おめでとう!


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