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「あ、倉間ボール!」
「え?うわっ!」

いつからか始まったサッカー部の練習も割と楽しくて俺にはやっぱりサッカーが一番合ってるんだな、なんて小さく感じていた。暖かく日差しの放課後、いつも通りの練習にいつも通りに送られてくるパスを見失ってしまう。

「悪い、ボーっとしてた」
「いいけどさ、大丈夫か?」
「俺今からボール取ってくるわ」
「いいよ後で。それより練習しようぜ」

そいつは俺に「後で取りに行けばいいって!」と笑い、代わりのボールを取ってきてくれてた。いい奴ばかりだし、練習も楽しいし、マイナスな点はないはずなのに、何か抜けている気がする。あれ何だったっけ。考え事をしている内に、またパスが回ってくる。今度はそれをちゃんと受け止めた。考え事なんかしてたから、さっきも逃してしまったんだ。練習の内は練習に集中しよう。
こんな基本的なこと、俺はいつ忘れてしまったのか。







「じゃあ倉間、さっきのボールよろしくな」
「おう」

部活が終わり、着替えを済ませた俺は頼まれた通り、さっき見逃してしまったボールの向かった方へ走っていった。もしかしたらその場を通った親切な人に拾われ、もうそこにはないのかもしれないが、走る他ないだろう。辿り着いたその場所には一本の木が立っており、その根元に座る人に、行方を聞こうと近づいた。しかし、サッカーボールはその人の足下に普通にあった。

「あ、あの」
「…」
「そのサッカーボール、取ってくんない?」
「…」

呼びかけても応答がない。これはもしかしたら無視されているのか。そう思えばこちらとしては腹立たしい。おい聞いてんのかよ、と乱暴な言葉を抑え、その人に近づいてみると――スケッチブックを手に、なんとサッカーボールを描いていた。鉛筆だけで書かれていただけなのに、何処か雰囲気のあるその絵に、俺はいつの間にか吸い込まれていった。
その人が俺に気付いたのは、それから30分後のことだ。


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