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※現パロ


それはいつも通り、学校への登校時間での出来事だった。一緒に通学している友だちは毎度のこと指定の場所にやってこない。最近、一緒に学校へ行っていない気がする。それは彼女が駅に来るのが遅いから。……待っていればいいだけの話だけど、それで遅刻なんて笑えないからわたしはしない。今日もそうだった。彼女は来ない。時計が指す時間を確認し、そろそろ電車の来る頃だと足をホームへと運んだ。手前に見える改札口に通す定期を取り出そうと、バッグについているポケットを探った。いつもなら、そこには黒色のシンプルなわたしの定期があるはずなのに、そこには何も存在しなかった。そういえば、で思い出したのは昨日定期を違うバッグに入れてしまい、それを家に置いてきてしまったこと。だけど今までに定期を忘れてしまったことなんて何度もあった失敗だ。そんな小さなことでいちいち狼狽えているわたしではない。何年同じ道を通学してきたというのだろうか。こういうときは仕方ないから、普通に切符を買って電車に乗る他ない。バッグの中にある財布を捜し、手段はすでに手の中にあると思っていた。しかし、いくら探しても財布は見つからない。

どうしよう。駆けめぐったのはその一言だった。何故なら、財布もまた、定期と同じバッグに入れて家に置いてきてしまったのだ。校則で携帯電話を持ち歩いてはいけないから、今は持っていない。公衆電話で電話をかけたくても、テレフォンカードは定期の中にある。これは、大変だ。いや、暢気なことを言っている場合じゃない。本当に、大変なことになってしまった。駅から家まで何分もかかるし、それじゃあ学校に遅刻してしまう。いっそのこと遅刻してしまえばいいじゃないかと世迷い言が頭を過ぎるが、そういえば今日の一限の授業が校外学習だということに気付いてしまう。何日も前からそれを楽しみにしていたというのに、今日に限ってなんて失敗をしてしまったんだろう。お金がない状況じゃ、どうすることも出来ない。まだ来ていない友だちに頼りたいところだが、いつ来るのか分からない相手をずっと待っているのはどうも性に合わない。心臓がバクバクと鳴って、うるさい。緊張しているの?それとも何、怖いの?そうだ、少しだけ今の状況が怖い。だって今までにこんなことはなかったんだから。どうすればいいんだろう、誰かに電話できるものを貸してもらう?そうだ、駅員さんたちから、貸してもらえるだろうか。少しできた列に並び、駅員さんに聞いてみた。「電話を、貸していただけませんか?」――しかし苦い顔をして、彼らは答えるのだった。「ごめんね。ここの電話は貸し出すことが出来ないんだ」……いや、予想していたことだ。駅の電話を借りるなんて話聞いたことないんだから。だけど、どうしよう。完全にわたしの頭の中から方法は消え去った。もう本当に友だちを待つか?だけどさっき駅内を彷徨き回っている間に、彼女は行ってしまったのかもしれない。そんなとき、背後から肩を優しく叩かれる。振り返るとそこには少しばかり見あげる程度の背を持つ男性がいた。財布の中から、何か取り出そうとしている。

「なぁ君、何円欲しいん?」
「え、何が」
「困ってるんやろ?100円あったらたりるか?ほら、これ」
「でも、あの、そんないいです」
「持ってき。困ってるときはお互い様やん」

押しつけるようにわたしの手に100円玉を握らせると、男性は改札口へと姿を消してしまった。聞き慣れないイントネーション、それでも関西の方だと何となく予想がついた。関西とここじゃ、距離があるはずなのに、あの人は仕事か何かだろうか。手の内にある100円玉を握りしめ、わたしは公衆電話へと急ぐ。父に電話をし、定期を駅まで持ってきて欲しいと伝えた後、足から力が抜け、その場に立っているのがやっとという状況。緊張が解けたのか、安堵の息をひとつ吐いて空を仰いでみた。公衆電話はお釣りが戻ってこない。100円玉は直ぐに消えてしまった。……お礼、ちゃんと言えなかったな。あんまり顔も覚えていない。助けてもらったのに、わたしは何も出来なかった。結局学校には遅れて駅にやって来た友だちと一緒に遅刻をした。だけど校外学習にはちゃんと間に合ったし、何もかも終わりよければ全てよし、なのに。今でもわたしの胸の中に、感謝と後悔の念が幾度もなく渦巻いている。きっともう2度と会えないと思うけど、それでも、いつまでも忘れないでおこう。
100円玉を渡してくれたその手は、大きく、そして温かかった。



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