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その日はとても曇っていて、空を覆うのは鉛色の鈍い雲たち。光が差し込む隙もないくらい、空はうんと淀んでいた。さっきからちらほらと降り始めた雨たちは、段々と強さを増していく。きっと当たったら針のようで痛いんだろうな、なんて、暢気なことを考えている余裕が何処にあるだろう。先生から頼まれたクラス全員のノートを持って、理科室へ急ぐ。一クラス40人前後のこの学校、40人分のノートを持つこともかなり酷。どうせなら力持ちな男子にも頼んでくれればよかったのに。級長とはなんと面倒臭い役割か、今このとき知った気がする。理科室に辿りつくと先生のそれを渡し、さっさと帰ってしまおう。今日は確か部活も委員会も、わたしを時間に待ったをかけるものはいない。ときには早く家に帰りたいものだ。

通りかかった理科室を覗き込み、明かりがついてないからか、それとも淀んだ鉛色の空のせいなのか、それは分からないが、真っ暗だと言うことに改めて気付く。好奇心で電気を付けたとき、一番後ろの蛍光灯が切れかかっていた。先生、あれ取り替えなくていいんですか?――あぁそうだなぁ。でも先生、今から職員会議なんだよ。――そうですか。――悪いけど名字さん、取り替えておいてくれない?――は、何で。――いいじゃないか。換えは職員室にあるからさ――そんな、換えが職員室にあるというのなら、先生がやればいいのに。本音は出さないで、笑顔で「いいですよ」と返事をしておく。まぁ取り替えるぐらいならお安いご用。

先生と一緒に職員室へ行き、蛍光灯を受けとった。早く取り替えてしまおう。強くなっていた雨がざぁざぁと効果音をかき立てる。それはまるで、わたしに急げ急げ、と囁いているように聞こえた。





もう一度理科室に戻ったとき、そこには点いていないはずの明かりが扉の隙間から出ていた。誰か、いるのだろうか?先生方は今、職員会議でいないはずじゃあ……覗き込んでみると、そこには意外な人影が。どうして、こんな時間にクラスメイトの不動くんがいるのだろうか。余り話さない人だけど、声をかけられない程の仲ではなかった。

「あの、不動くん?どうしたの」
「…あ、蛍光灯。それ早くよこせよ」
「え、えぇ?いきなり何」
「がたがたうるせぇな。早くそれよこせって」
「…どうぞ」

わたしの質問は不動くんによっていとも簡単に無視された。ただ彼のペースで会話は進められていってしまう。未だにこの状況を理解していない可哀想な脳は置いておいて、わたしは不動くんにそれを渡した。机の上に乗ってやっと届く高さにある蛍光灯の取り替えを、素早い手動きで行っていく。……わたし、必要じゃないんじゃないかな。

5分も経たないうちに、蛍光灯の取り替えは終了してしまった。本当に、わたし要らなかったのかも。何の力にもなれなかった自分が少しだけ恥ずかしくて、情けなくて、俯いたまま「ありがとう」と一言を漏らす。不動くんは鼻を一度ふん、と鳴らした後、堂々と机の上に座って胡座をかいていた。なんて態度でかいんだ。

でも、そんな本音が言える訳じゃない。だって彼は、わたしの代わりに作業を全て終えてくれたんだから。だけど不動くん、帰らなくていいのかな。

「あ、あのさ、不動くん。もう一回聞くけど、どうしてここにいるの?もう帰ったんじゃないの?」
「別に。今日の理科の授業で蛍光灯切れかかってたの鬱陶しかったから」
「そんな理由で?」
「んだよ、悪いかよ」
「そんなことありません」

首をぶんぶんと横に振り、不機嫌になってきた不動くんがこれ以上何か暴言を吐かない内に退散しようと考え始めた。不動くん、帰らないの?一言、短く聞いてみると「帰るよ」と帰ってきた。やっぱり分からない。この人は何で理科室にいたのかな。同じ靴箱を目指し、足を進めていくけど会話は一切生まれなかった。ただ間を流れるのは強く激しい雨音たち。だけど、それでも心地よかったと思っていいだろうか。どうしてだろう、余り話さない不動くんとの時間が、何故か落ち着いた。
二人仲良く雨に濡れて帰るなんて、考えてもみなかった。



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