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その日、お仕事は休みだと彼は嬉しそうに呟いていた。久々の休暇か……何処か二人で出掛けないか、と誘おうと思ったけれど、折角の休みは彼の好きなように過ごしてもらいたい。別に今日果たさなくてはいけないことじゃないんだから、急がなくたって平気。押し込めた気持ちを飲み込み、コートを手に取りこっそり部屋を出た。どうやら休みを読書で有意義に過ごすみたい。邪魔は、したくないから。自分の力で出来ることは、少しでも早く解決させてしまおう。だって疲れた彼に「買い物付き合って」なんて言えなかった。
玄関に手をかけて、かちゃ……と小さな音が鳴る。どうやらその音だけで気付いてしまったらしく、彼の「名前、何処行くん?」と遠くから声が聞こえてきた。何でバレたの。

「え、えぇとですね。ちょっと買い物行ってきます」
「一人で行くん?わいも一緒に行ったろか?」
「いいです!マサキさん折角の休みなんだから、ゆっくり過ごしてください」

わたしがこう言えば、マサキさんは「そか、ならそうさせてもらうわ」と素直に引き下がってくれると思っていた。だけど、何処か甘かったみたい。少しムッと唇を尖らせ、「わいも一緒に行くで」なんて。どうして、家でゆっくりしていてくれればいいのに。反論することもできず、結局わたしはマサキさんと出掛けることになってしまった。最初からこうなることを望んでいたのに、どうして今はこんなにも楽しくないのか。





「で、何買いたいん?」
「ティッシュとか、トイレットーペーパーとか、日用品です。今日安いんですよ」
「せやなぁ、最近鼻めっちゃかむもんなぁ」
「冬ですもん、仕方ないですよ。……マサキさん、寒くないんですか?」
「別に?」

わたしから見れば少しだけ肌寒そうなその格好でも、マサキさんは不思議と平気そう。わたしはセーター着て、コートも着て、マフラーも身に付けてきたというのに……。家の直ぐ近くに位置する日用品売り場では、車を必要としない。歩いていけば、自然と身体も温まるのも本当の話だった。お店に入るときには、マフラーとコートを脱いでしまいたかったけど、我慢する他ない。だって持つのは少し面倒だ。

予備も含めてティッシュもトイレットペーパーも2個程ずつ買っておく。他に買うものはないだろうかと考えたとき、マサキさんの姿が見あたらないことに気付いた。まさか、迷子……、なんてことは、ないだろう。マサキさんだって、仮にも大人だ。っていうかわたしより何歳か年上だ。今更そんな子供っぽい事件を起こすような人じゃない。しっかりとした人だし。だけどじゃあ、何処にいるんだろう。お店の中で声を張り上げるわけにも行かない。辺りを見渡し、少し歩いたところでマサキさんの姿は直ぐに見つかった。どうやら化粧品を見ているようで、ますます頭が混乱してしまう。何でマサキさんが化粧品なんて見てるんですか。

目的のものはすでに手の内にあり、これ以上必要とするものはないから帰りましょう、そう声をかけるために近づいたけれど、自然と身体がマサキさんの様子を後ろから伺う形へとなってしまっている。ここまで抜け足忍び足で近づいて今更声をかけるのは何故か気が引けた。二,三歩後ろの位置にわたしがいても、マサキさんはその存在に気付いてないようだった。それほどまで、何を見て、何に集中しているのかがとても気になってしまう。ぶつぶつと呟かれているその声は流石に聞くことが出来ないが、手に取っているものは分かる。……ハンド、クリーム?

「マサキさん。何を見ているんですか?」
「うわっ、……何や名前か。後ろからいきなり声かけんといて」
「ごめんなさい。でも、もう帰りますよーって言いに来たんですよ。だけどマサキさん何か見てるし」
「そ、それは」
「何でハンドクリームなんて見てるんですか?」
「お前に必要やないかって考えててん。」

いつも名前、皿洗ってくれてるやん?手、荒れると思うねん。せやけどわい、何も出来へんし、せめてハンドクリームでも買ってやろと思って。名前ハンドクリーム塗らへんやろ。照れくさそうに、だけど少し笑ってマサキさんは答えてくれた。だけどそれを聞いて恥ずかしいのはわたしだ。じゃあ、わたしのためにハンドクリームとにらめっこしていたと言うの?確かに毎晩わたしは皿を洗っている。冷たい水じゃ汚れは落ちないからお湯で洗うけど、それがわたしの手の荒れの原因ということも重々承知していた。まだ新米な主婦だけど、それくらいは理解できている。だからハンドクリームを自分から用意して塗らなければならないのに、面倒臭い、そして半分忘れていた、というバカみたいな理由でわたしは今までそれをやらなかった。きっと正直なことを話したらマサキさんは怒りながら笑って許してくれるんだろう。流石マサキさん。見てないようで、ちゃんと見ててくれてるんだ。少しだけ、笑みがこぼれた。

「何でや、何で今笑ったん?」
「だって、マサキさんがカッコいいから」
「はぁ?」
「嘘です、ごめんなさい。ありがとうございます、じゃあそれ、買ってくれますか?」
「ええで、任せとき」

お互いに必要なものは手に入っただろうか。まさか、ティッシュとかを買いにきただけだというのに、こんなにも温かい気持ちになれるなんて。帰り道、大した量でもないのに、マサキさんは荷物を持ってくれた。そういうところ、本当に優しい。荷物家に置いたら、ちょっと何処かにお茶でも行かん?振り返り、マサキさんは笑いながら問いかける。笑顔でもらった質問には、自然と笑顔で帰っていた。「そうですね、行きましょう」久々の休日、あなたと過ごせてなんて幸せだろうか。またこうやって、何もないようで優しい日々を待っている。



title by bianco


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