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随分と普通の格好してきたんだな、と浜野は笑った。結局どんな服を着ていくかに迷うことさえバカらしく思え、普段着を着てきてしまった。もしかして、幻滅でもした?折角誘いを受け取ってくれた浜野に対して失礼すぎた?でも、気合いを入れて失敗するより、普通のわたしでいた方が、いいんじゃないのかな?「ダメだったかな」小さく呟いた言葉に振り返り、別に気にしてないよーと答えてくれる。変なところで察しがいいんだなぁ。

「ところでさ、何処行くつもりなの?」
「まぁ付いて来なって」

行き場所は教えず、わたしの前をすたすたと歩いていくのに付いていくしかない。自分からあまり外に出ないせいか、今歩いている道も正直何処なのか分からない。浜野にちゃんと付いていかないと、迷子になってしまいそう。浜野はどこか足取りが軽そうだった。今行くところが、そんなにも楽しみだろうか。何となく、嫌な予感がした。





連れてこられた場所は、わたしの予想を見事に的中させた。確かに浜野が行きたがる場所だ。確かにデートって感じはしない場所だ。何故ここにわたしも連れてきたのかよく分からないけど、要するに浜野の趣味だろう。彼らしい。

「な、デートって感じしないっしょ?」
「まぁね。でも釣り堀なんて、わたし来たことないよ」
「俺が教えてやるって」
「遠慮しときます」

多分浜野が丁寧に教えてくれるとしても、きっとわたしは釣りという行為自体を拒否してしまう。否定してる訳じゃないけど、どうしてもやりたいという気持ちにはなれない。気が進まない、どちらかと言えば見てる方が好き。浜野が釣りをしたいなら、わたしはそれを横で見てるだけで楽しい気がした。
よく来ているのか、浜野はさっさと準備を済ませてしまうと定位置に座って釣りを始める。仕方ないからその横に座り、過ぎていく時間をじっと待っていた。周りに人は何人かいるけど、会話なんてありはしない。しーんと長い沈黙が少しだけ居心地悪かった。

「ぜ、全然釣れないね」
「そりゃ釣りって気ぃ長くしてやんなきゃ、釣れねーし。……つまんない?」
「ううん」

短く答え、会話は失われた。気を長くして待つことが大切だってことは知ってる。だけど全くつまらない訳でもない。ううん、と明るく首を横に振った自分が偽善者みたいで嫌になってしまいそう。
じっとしてから5分後、何か言い出さなければいけないと思った。わたしが曖昧な返事しちゃったから、きっとこの沈黙はあるんだろう。だけど、言葉が見つからない。頭の中で1人オロオロしていたとき、浜野が持っていた釣り竿が揺れた。

「え、うわっ、釣れる釣れる!」
「本当?!」
「よっと!ほれ見てみ名字。これ魚」
「いや見れば分かるけど……うわぁすごいなぁ浜野。釣れたね」

正直、初めて人が魚を釣る場面を見た。釣り堀という小さな場所だけども、心が晴れていく気がする。捕れた魚は直ぐに戻し、また同じように待つ体勢へと入る。こんなことを続けているだけなんてやっぱりつまらないと思えてしまうけど、釣れたときの喜びって、あんなにも大きなものだったのか。わたし自身が釣った訳でもないのに、どうも心がそれを止めない。
そんなわたしを見て、浜野がおかしそうに笑った。もしかして、子供っぽかったのかな。羞恥の感情が心を埋める前に、浜野が問いかけた。名字、楽しい?――うん、何か見てるだけで楽しいよ、と嘘じゃない答えを返す。そして楽しそうにまた浜野は、笑った。

「倉間といるときより、楽しい?」
「え」

それは、どういう意味?


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