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河川敷で練習を続けている神童君は、多分どんなときよりも輝いていた。授業を受けているとき、放課中の仕草、一緒に歩く帰り道。どの時間も彼女としている時間が多いけど、キラキラとしたあの横顔を見ていることが、何よりも嬉しい楽しかった。人の笑顔って、こんなにもわたしに元気を分けてくれるんだって知らなかった。……いや、違うな。神童君だからか。

休憩時間になり、ドリンクを飲みながら霧野君たちと話している神童君が見える。真剣な表情をして、何か作戦でも話し合ってるのかな。きっと、そうなんだろう。だって彼はすごく頭いいんだし。

だけど、この場から神童君は見えても、神童君がわたしに気付いてくれることはない。今まで何度もこの河川敷に来ては気付かれるか、気付かれないかで冷や冷やしていたけど、今はそんな賭けに出ようとさえ思えない。いつだって、そう、ここにいても、彼がわたしの存在に気付いてくれることはなかった。練習が終わってからひょっこり現れるわたしを「名字!」とその少し低い優しい声で呼んではくれるけど。





「何だ名字、来てたのか」
「こんにちは神童君。見学させてもらってます」
「あ、もうちょっとで終わるから、待っててくれるか?」
「もちろん。ごゆっくりどうぞ」

練習が終わると、やっぱり毎度毎度同じ反応で神童君はわたしの存在に気付いてくれた。何だかそれだけでも、嬉しい。あと少しだから、と残して神童君は駆け出していく。離れていく背中を見て寂しいと感じていたのは過去の話。今は嘘みたいに、そんなこと考えないようになった。

一緒に帰るとき、大抵神童君はわたしに「ごめん」と謝る。待たせてごめん、と。気付かなくてごめん、と。そしてほんの少し笑って、「待っててくれてありがとう」と。

「お待たせ。帰ろうか」
「うん」

だけどね神童君。わたし別にきみから謝って欲しくて、無理に時間を割いてあなたを待ってる訳じゃないんですよ。部活とかやってなくて暇だから、という意味も込められているけど、もっと違う、何かがわたしを動かしている。

「名字、今日も待たせてごめんな」
「ううん、いいよ。……あ、そうだ神童君」
「何だ?」
「わたしね、サッカーの知識とかって全然ないんだよ」

は、と呆けた声を出して固まってしまう神童君を見て、クスリと笑みがこぼれてしまったのは仕方ない話。だって余りにも新藤君が普通の反応をするんだもの。だけど、そうだね、唐突すぎた。でも一から説明しようと思う気は全くない。

「わたしが勝手に待ってるんだから、ごめんなんて言わないで」
「でも、それじゃなんか悪いよ」
「じゃあ言うけど。こんな毎度神童君のこと待ってるわたしを、鬱陶しい態度で返さないでくれてありがとう」
「え、」

言葉にすれば面倒臭いものを良く言えたものだと感心してしまう。そう、サッカーの知識とか特別すごい取り柄がないわたしが神童君を毎日待っている。それを、鬱陶しいと物言う目で、ウザイと感じさせる態度で彼がわたしといたことはない。きみがごめん、と口にするなら、わたしだって本当は言いたい言葉が沢山ある。だけどわたしがきみを止めた、だからわたしも止めておくの。

「今の状態でお互い満足してるんだから、いいんじゃない?」
「…それもそうだな」

わたしはひっそりこっそり、あなたを見守っていられるような人間でありたい。例えばそれは、河川敷に小さく咲いている花として。そうすれば、いつでも優しい気持ちでいられるの。


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