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倉間くんとヒロインが1年生の頃の話


分かった、じゃあ6時に神社の鳥居の前で待ってるからね。電話の向こうでは楽しみだね、と声を弾ませた茜ちゃんの声が聞こえる。夏休みに入ってからやっぱり会う機会は少なくなっていた。今日の夏祭り、思いっきり楽しもうね!と言えば、くすりと小さな笑い声。茜ちゃんってお上品な笑い方するなぁ。感心していると、「じゃあわたし切るね。浴衣の準備しなくちゃ」なんて、まさか茜ちゃん浴衣来てくるの?!と飛び出してしまいそうな疑問を飲み込み、電話を切った。そうか、茜ちゃん女の子だもんね……一人納得したとき、耳元で茜ちゃんが「名前ちゃんも女の子でしょ?」と笑った気がしたなんて、そんなのないない。
さぁ、わたしも準備しなくちゃ。





横で茜ちゃんみたいな可愛い子と歩いて、わたし変じゃないかな。部不相応な心配をしているうちに、時刻は6時少し前だということに気づく。いけない、こんなことしてたら、茜ちゃんを待たせちゃう!急いで少ない荷物を手にし、家を飛び出した。

「いってきまーす!」
「いってきます」
「あ、倉間くん!」
「…げっ、名字だ」

ほぼ同じタイミングで、お隣さんが顔を出した。何か「げっ」って声が聞こえたのは気のせいということにしておこう。それはそうと、お隣さんの倉間くんはこんな時間に今からどこに行こうとしてるんだろう?

「倉間くん、何処か行くの?」
「夏祭りだけど。…そういうお前は?」
「夏祭りだよ」
「ふぅん」

聞いておいて、興味のなさそうな声。思えば中学に入ってから久しぶりに喋ったというのに、つれない態度。もうちょっと、こう、愛想よくできないのかな?

「倉間くん、夏祭り誰と行くの?まさか、一人…じゃないよね」
「誰か一人で行くかよ。同じ部活のやつ」
「あーもしかして浜野とか?あの子もサッカー部だったよね」
「何だ、浜野知ってんのかよ」
「同じクラスだもん」
「へぇーそういやそうだったな」

他愛のない会話が、わたしと倉間くんの間を流れていく。お互いのクラスのこととか話していると、何だか楽しくて止まらない。いつも不機嫌そうな顔の倉間くんが笑ってくれるたび、わたしも自然と笑みが溢れてしまう。気づいたときには、もう神社の鳥居の前にいた。倉間くん、浜野たちとは何処で待ち合わせしてるの、と聞いてみると「ここ」と短い答えが返ってきた。こんな偶然ってあるもんだ。

「じゃあさ、まだ少しだけ喋ってようよ」
「別にいいけど、」
「ん、どうしたの?」
「いや腹減ったなぁって思っただけ」

時計は6時ちょっと過ぎの時刻を指している。確かに、そろそろお腹が空きだす頃かもしれない。夏祭りといえば何だろう。たこ焼き?イカ焼き?それとも焼きそば?…頭の中に浮かんでくるのは味付けの濃いものばかり。わたしって本当に女の子なのだろうか。
不意に目に止まったお店を見て、思い付きが行動へ変わる。ちょっと待っててね、と倉間くんに一言残し、わたしはその場を離れた。





名字が帰ってきたのは、それから5分後のことだった。息を切らしながらこっちに向かってくるその右手には、何か持っている。何か買ってきたのか?と聞いてみれば、満面の笑みが俺を見る。

「これ、倉間くんにあげるね」
「はぁ?」
「倉間くんに似合うと思うんだ」

渡されたのは白い狐のお面。夏祭りの屋台にありそうなそれを、何故俺に似合うなんてこいつは思ったんだろう。その疑問をぶつける前に、名字は「あ、茜ちゃんだ!じゃあ先行くね」と残し、去っていく。取り残されたのは俺とお面だけ。


……………
………



「わー倉間ごめん!ちょっと飲み物買ってたらこんな時間に……」
「おせぇよバカ。ほら行こうぜ」
「ん、倉間、そのお面どうした?」
「名字にもらった」
「名字って、名字名前?倉間知り合いだっけ?」
「友だち」
「ふーん。で、それつけるの?」
「知らね」

それでももらったお面を捨てようとは思わなかった。何でだ。


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