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「は、バッカじゃねぇの」
「か、返す言葉もありません…」
「要するにお前がバカなことに鍵忘れたからこういう状況になったんだろ」
「…だからってそんなにバカバカ言わなくてもいいじゃん!」
「何度も言ってやるよ、バーカバーカ」

わたしが家に入れない訳を話せばこれだ。よそから見れば、くだらない子供の戯れに過ぎないかもしれないけど、あんなにも倉間くんにバカバカと言われ、はいそうですねなんて大人しく納得できるような素直な感情は持ち合わせていない。頭にきた。倉間くんだって、何かに失敗したことぐらいあるでしょう。それを棚に上げ、わたしだけこの言われよう。流石に温厚な名字さんも怒りますよ、ブチ切れますよ?
でもやっぱり何も言えない。差し出されたタオルを受け取ってしまえば、そるは叶わなくなるから。だって、そんなの、こっちはお世話になってる身なのに、失礼だ。

「で、お前どうすんの」
「お父さんが帰ってくるまで、いさせてください」
「いいけど、俺の親は帰ってくるからな」
「え、別に友だちだしいいんじゃない?何か、問題ある?」
「べーつーにー」

倉間くんは何でもなさそうに、ふいっと横を向いてしまった。何だ、今の言葉の何処に不機嫌になる要素が含まれていたの。…そんな言葉を吐いた覚えはないけど、自分で自分の位置関係を肯定した感じが後ろめたい。自分で言ったよ、わたし。「友だち」だって。倉間くんの友だちだけど、そういう風に思ってるのは倉間くんだけ。やり切れなくて、でもどうしようもない。今はまだ、この想いを伝えるにはわたしは未熟だ。そんなとき、玄関のドアが大袈裟に開く音が部屋に響いた。あ、もしかしておばさん?と倉間くんに目で問いかけてみると、頷かれる。もしかして、今の分かったのか。

「典人ー帰ったわよー」
「んー」
「…あら名前ちゃん?何で、いるの?っていうか、久しぶり」
「お久しぶりです、あの、訳を話しますと長いことになるんですがね」

倉間くんのお母さん――馴れ馴れしくもおばさんなんて呼ばせてもらってるけど――でも倉間くんだってわたしのお母さんのことおばさんって呼んでるなぁ――その人に状況を説明する。倉間くんがわたしの傘を奪って、それで服も何もかもびしょ濡れになったこと、家のカギを忘れ、入れないこと。途中、倉間くんが異様なくらい鋭い目でわたしを睨み付けてたことはなかったことにしよう。

「…なるほど。要するに、典人が傘忘れたことがことの原因ね」
「そうなんです」
「おいお前、何俺が悪いみたいに言ってんだよ」
「本当のことでしょ」
「そっか…じゃあ、名前ちゃん夕飯一緒に食べる?お父さんとか帰ってこないでしょ」
「いいですかね」

正直、気のいいおばさんのその言葉を期待していた。横で倉間くんは呆れた顔をしているけど、止めはしない。いい、っていうことなのかな。ホント、期待しちゃうよ。だって倉間くんのお母さんの料理、美味しいんだよ。
昔々まだ幼稚園に通っていた頃、今と同じようなことが起こった。お母さんが迎えに来てくれないから、倉間くんの家にお邪魔して。そのときも、夕飯をご馳走になった。そのときの味は何に代えても美味しかったことを覚えている。

「別に、いいよね倉間くん」
「…勝手にしろよ」
「ねぇもしかして何か怒ってる?」
「怒ってねぇよ」
「本当?」
「あーうるせ。別にいいよ、友だちと夕飯食べるくらい」

あ、ちょっとだけまた悲しい。やっぱり、わたしきみの友だちに変わらないのかな。まぁいいか。今は、この時間を共有出来ることに喜びを感じよう。そう、今はこの関係が心地好いのはわたしも一緒だから。


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