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―――、

歌い切ったボーカルの満足げな表情が、拍手を背景にアップで映った。それを見届けたあと、朝から一日中開きっぱなしでいたパソコンに動作終了の指示をかける。首を鳴らす。これが今年の仕事納めであった。
世間には数日前から休暇の雰囲気がただよっていた。だが年末とはいえ、システムの総責任者ともなれば早々に休み倒すわけにもいかない。生き物を扱うネットワークには定期的なメンテナンスが不可欠なのだ。
電子音が途絶え、部屋のもう一隅、惰性で点けていたテレビの音だけが部屋に残る。
…今年も白組が勝つのだろうか。徐ろに椅子から立ち上がり、伸びをしながらキッチンへと向かった。今年も残す所あと二時間を切っている。年越し蕎麦でも食べて大晦日をシメよう……別にカップラでええよな。寂しい奴とか言うな。言うたら負けやで。



▲▽▲▽


「こんばんは、年越しソバお待ちしました」
「…誰も頼んでへんけどな」

年越し蕎麦のつゆを飲むかで迷っていると、玄関先でインターフォンが鳴った。10時過ぎにだ。しかも連打でだ。「まあまあそんな事言わずに。ソバなくして年は越せないってね」現れたこいつは、カップラーメンの蕎麦をふたつ両手に掲げたまま家にずかずかと入ってくる。

「やだー、もう食べてるじゃん。持ってきたやつ味比べしたかったのに」

唇を思い切りとんがらせたナマエの鼻先は赤くなっていた。指摘すると怒るから言葉は仕舞っておく。持ってきた蕎麦がインスタントであることについても。なにせ仕事終わりを見計らって来てくれること自体はありがたかった。年末は騒がしいくらいがかえって丁度良い。
それにしても、一人分にしては沸かしたお湯の量がやけに多いなと思っていたら、案の定卓上のカップはふたつとも蓋が開いていた。なんていうか、コイツほんまに煩悩だらけやな。これ後で除夜の鐘キッチリ聞かさなあかん。残すところ僅かな今年最後のわいの使命やな。

「…そろそろキツくなってきた」
「お前何しに来たんや」
「年を越しに」

仕方なく、しばらくの飽きを覚悟で減り方の悪いカップの麺を啜る。しかし食べてやる自分も自分だ。来年は流されることのないようカタい意志を持った人間になろう。ニビジムのリーダーさながらに。これが来年の抱負だ。

「あ、かき揚げは食べないでね。最後の楽しみだから」
「あーハイハイ」

とっておきを最後まで残して食べる癖は知っていたが、何もかき揚げまで取っておかなくても。そう思いつつかき揚げは残しておいた。宣言通り、ナマエはべしゃべしゃのかき揚げを幸せそうな阿呆面で食べた。

「今年もあっという間だったねぇ」

時計と交互に見やると、なるほど、紅白も終盤にさしかかっていた。ナマエは食べきったカップも箸もそのままに、こたつに手を突っ込んで番組を眺めている。女性歌手の歌うバラードに何となく合わせて首を揺らした。

「一年てえらい早いな。やり残したこともぎょうさんあるわぁ」
「マサキにもやり残すようなことあるんだ」
「当たり前やろ、わいかて人間やし。そう言うお前は」
「まぁあるっちゃあるかな。今のところ」
「今のところって、」
「今年もまだ一時間くらいあるからねー」

屁理屈めいた返事にとりあえず呆れていると、ナマエがテーブルの上にあった蜜柑を手にとった。残り一時間で何を消化すると言うのやら…「今季初みかん、年内に達成ー」…消化していた。

減っていく蜜柑の山とは反対に、チラシで作ったゴミ箱は皮で埋まっていった。去年は蜜柑のストックが三箇日まで持った記憶がある。しかし今回、年明けの買い出しは避けられそうにない。こたつ、蜜柑、テレビが揃わない正月は正月ではないと祖父に教わったからだ。

「なにこれ?こたつの中」
「それわいの足や。痛たたたたた解ってから踏むな痛てててて」
「はい今年のウラミも消化ー」
「何のこっちゃ…ほんまに勘弁してほしいわ」
「マサキは働き過ぎなの。別に働いてもいいけど少しは身体に気をつけなさい。過労死しちゃうよ」

はい、ビタミンC。目の前に蜜柑が置かれる。気の抜けた声でも真面目なことを言い出すから、録に茶化すこともできない。言いたかった色々も何故だか直ぐに忘れてしまった。
…なんや調子狂うわ。
こたつの足を引っ込めるのをやめて、代わりに買い出しはどこのスーパーに行こうかなんて考える。
もんでもいない蜜柑が不思議と甘かった。



▲▽▲▽


「行く年来る年ね」


チャンネルの先の地では今まさに鐘を衝くというところだった。除夜の鐘を聞いたナマエが煩悩を浄化できますように。祈った。これで自分は今年できる全てを終えた。やり残しがあったとはいえ、振り返れば中々充実した一年だったと思う。A〇BとK-POPの揃い踏みと聞いて赤組の勝利は予知していた、と誇らしげなナマエは、傍らで少し眠そうな目をしている。お互いとっくに日付越えではしゃぐような年齢ではないのだが、疲れているのもまたお互い様のようだ。

「無理して起きてなくてもええんやで」
「いいの、日付が変わる前には絶対寝ないから」
「そーか?まぁもうすぐ変わるけど」
「うん」

気付けば、今年も本当にあと数分というところ。
イベントごとというのは、始めは乗り気じゃなくても、いざその時が近づくと急に参加してみたくなったりするものだ。ボケーっとテレビを眺めていた自分も、デジタル時計の表示が59分になると、途端に浮いた空気に毒されはじめた。

「ナマエ、起きてるか?」
「起きてるよ」
「もうすぐや。もうすぐ」

年齢をも忘れて少しはしゃいでしまうのは、久々の一人じゃない年越しだからということにしておこう。ナマエは予想以上に眠いのか、相槌こそ打ってはいるものの、時計をじっと見てばかりで応答が少し味気ない。
年が明けたら泊まっていくか聞いた方がええかな。

「あ。あと10秒」
「うん」
「ほら」


5、

4、


3、



2――




「誕生日、おめでとう」

「え?」























カウントダウンはゼロを数え、テレビの向こうの人だかりが歓声をあげた。スロー再生を錯覚するような数秒の間に、今年が、いや去年が、終わった。


「…覚えてたんか?」
「うん」
「そら、なんちゅうか…」
「あんまり嬉しそうじゃないね」

言い濁したような口調に勘違いしたのか、寝そべりながら、ナマエはそういやプレゼント用意してなかったもんなぁとひとりごちた。違う、どちらかと言うと逆だ。嬉し過ぎて表情が追いつかないといった方が正しい。忘れられていたとばかり思っていたのだから尚更だ。自分でも半分忘れていたようなものなのに。

「いや嬉しいで、ほんまに…」
「そう?良かった、私も嬉しいなぁ。やり残しも最後に全部消化できた」

最後に、という言葉はやけに影響力をもって響いた。自惚れなんて、それどころの話じゃない。こんなの、特別扱いもいいところだ。

ブラウン管の向こうの世界では、優しく頬を濡らす雪のなか、抱き合う人、握手を交わす人、恋人の頬へキスを落とした人もいる。ひょっとしたら、こんな間抜けな顔で年をまたいだのは、世界で自分ひとりだけかもしれない。
…でもそれは、喜ぶべき予定外だ。

「ナマエ、このあと元朝参り行かへんか?」
「ええー…寒いし眠いしだるいし……でも行く」

裏付けするように彼女は嫌いなことから一年を始めていく。明けたばかりだというのに、今年の終わりが今から楽しみで仕方がない。言ったら多分現金やって笑われるだろうけど。


「まあ、とりあえず、年も明けたことだしね。今年もよろしく」
「ああ。こっちこそ、よろしくな」



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マサキさん誕生日おめでとう。とりあえず強奪してきました。何だこのマサキさん、むっちゃかっこええ


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