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カーテンの隙間から差し込む光で目が覚めた。うっすらと開けた目から見える時計が指す時刻は既に10時。いつもなら7時には起きてるのに…冬休みだからと言って、わたしは油断していたのかな。布団から出ようとするけど、寒さに負けてもう一度潜り込む。その自由に動けることを不思議に思ったのは、目が覚めてから5分後のことだった。昨日の夜、ソネザキさんの手の温もりを感じて眠った。その温かさはいつの間にか消えていたのだ。辺りを見渡してみると、横で寝ていた人はいない。もしかしてもう起きたのだろうかと、今度は寒さに負けずに布団から飛び起きたけど、キッチンにもリビングにも、何処にも彼の姿は見あたらない。もしかして――不意に過ぎったそれを、頭から取り消そうとは思わない。きっと、帰ったんだ。きっと、ソネザキさんは自分の世界へと帰っていったんだ。元々どうやってここに来たのかも分からないんだから、どうやって帰ったのかなんてことも分からなくていい。知らなくていい。むしろ、知らない方がいいんだ。余計な詮索なんてしなくても、あの短い時間でも得たものが必ずあった。教えてもらえた、救ってもらえた。自分ではどうすることもできないと思っていた悲しみも、泣くことを知ったから楽になれた。そう、わたしはソネザキさんに大切なことを教えてもらえた。大丈夫、何も残らないなんてことはないんだから。その証拠に、ほら、叔母さんがわたしにくれたお小遣いはなくなっている。昨日ソネザキさんの食事の材料を買うために使ったんだから、当たり前。ソネザキさんが、ここにいたという意味。

お金では換えられない、すてきなクリスマスプレゼントを神さまはわたしにくれた。きっともうない奇跡を、そっと胸にしまい込み、二度と無くさないように、忘れないように。

外を見るとちらほら見える小さな白い粒。雪が、降っていた。寒いから外には出ないけど、まるでそれはわたがしみたいに柔らかく、甘い魔法。冷たい雪でも、心を温かくしてくれると、それを知ることができた。もう一度、寝てしまおう。午後になれば叔母さんが帰ってくる。独りじゃなくなる、そのときまで。





「こらーマサキ、いつまで寝とるんじゃ!」
「痛っ、痛いわじいさん!暴力反対やで」
「いい大人がクリスマスで休みだからって、午後まで寝てるんじゃない」
「厳しいわぁ」

昨日の夜遅くまで仕事やったんやし、少しくらいは堪忍してくれたってええやんか。愚痴をこぼす気はないが、どうしてもそういう気分になってしまう。当たり前に感じられるこの風景を、懐かしいと思えたのは何故だろう。少し考えれば答えは簡単に、見つかった。そういえばわい、どうして家におんねん。昨日まで、名前はんの家にいて、それで……そこからの記憶はない。

「なぁじいさん、わい昨日何しとった?」
「仕事じゃろ」
「…ほんまに?」
「普通に仕事して、普通に帰ってきて、今普通に起きた。何を寝ぼけとるんじゃ」

呆れたようにわいを見るじいさんの目が痛い。そっか、何でもあらへん、ありがとじいさん。とお礼を一応言っておき、もう一度思い起こしてみる。確かに昨日、クリスマスイヴにわいは名前はんの部屋に何故かおって、それで食事もして、寝て――記憶はそこで途絶えてしまう。あぁ分からへん、あれ全部夢やったっていうんか?何の意味もない、ただの妄想で終わってしまうものなんやろか。考えても答えは見つからない。元々どうやってあの世界に行ったのかも分からないのだから、あれが本当だったのかも分からない。だけど――布団から出ようと動いたとき、ちゃりんとポケットから音が聞こえたのを知ると、やっぱり“本当”を信じたいと思えた。ポケットから出てきたのは名前はんがわいの食事を買うために渡してくれたお金のお釣り。返さないとあかんと思っていたのに、もって帰ってきてしもた。どうにもならない、だってあそこにはもう行けない。きっと、二度とないことだったんだ。だけどそれも、想い出だと納得すれば何も思い残すこともない。

あのとき今にも泣き出しそうで、でも泣こうとしない少女が、素直に自分の葛藤を話し、吐き出してくれたことが嬉しかった。“泣くこと”を伝えられてよかった。きっとわいは、あの子の中の重いもん軽くしてあげるために、あそこに行ったんやな。そう考えれば楽になれる。少しだけ、気分がよかった。

窓から見えるちらほらと降る雪を見ると、何だか温かい気持ちになれた。それはまるで空から降ってくるわたがしのようで、何だかすごく甘い。もう一度眠ったろ。じいさんが起こしにきたって、クリスマスぐらいええやん、と言ってやれる。魔法が解けてしまう、そのときまで。


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