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さぁそろそろ時間も時間だし、帰るか。水鳥さんの一言で、みんなが頷き出す。時刻は既に6時を回っており、いつもならこのころにサッカー部は終わる。こんな時間まで中学生がゲーセンなんかにいたら、きっと警察に見つかったとき大変なことになるんだろう。漫画にありそうなシーンを思い浮かべ、それだけは避けたいと思えた。わたし、そもそも問題児なんかじゃないし。

「あ、そういえばくーらま、お前傘どうすんの?」
「雨まだ降ってるのかよ」
「降ってる降ってる、超降ってる」
「あーいいや。名字に入れてもらう」
「…は?」

上手く聞き取れなかった会話にわたしの名前が出てきたことに驚きを抱いた。ごめん今何話してたの?と速水くんに聞いてみるけど「さぁ」と短い答え。いやいや絶対聞いてたでしょ、何で教えてくれないの。もうここは水鳥さんしかいない、と思って姿を探すと既にそこの場にはいなかった。「瀬戸さんなら帰りましたよ」って速水くんは教えてくれるけど、だったらさっきの会話の内容を是非とも教えて欲しいものだ。
じゃあ月曜日なー!と浜野と速水くんは帰っていった。遠くなっていく後ろ姿が完全に視界から消えたのを確認してから、身体がようやく言うことを聞く。残されたのが倉間くんとわたしだけって、これは何かの嫌がらせか。

「んじゃ、帰るか」
「まままま待ってよ倉間くん!傘はどうするの、倉間くん傘持ってる?」
「お前さっきの話聞いてなかったのか?名字のに入れてもらうって」
「い、嫌だ」
「反論却下」

わたしが持っていた折り畳み傘を器用に奪うと勝手に歩いていってしまう。何故持ち主のわたしが濡れて、借りてる身分の倉間くんが濡れないんだ。理不尽過ぎるこの状況をいつまでも許していられる程わたしは温厚じゃないよ倉間くん。その後どれだけ傘の奪い合いが起きたことか……わたしたちってなんて子供なんだろう。





「…お前のせいで下着までびしょ濡れなんだけど」
「下着とか言うな変態。全部倉間くんが悪いんだよ、わたしを入れてくれないから」
「お前だってあんまり入れなかっただろ」
「当然」

マンションにつく前に、お互いの身体は雨で濡れてしまった。このままじゃ風邪引いちゃうね、なんて独り言に近い問いかけは、相づちを打たれることなく無視された。正確に言うならば、もうその場に倉間くんがいなかった。…わたしが傘の後かたづけをしている間に部屋に入っていったな。全くなんて態度が悪いお隣さんなんだろう。
傘をひもで縛り、わたしも部屋へ入ろうとする。少しだけ吹いてきた風がとても冷たく感じたのは仕方ない話。早く入って、服に着替えたい。だけど――ドアノブは、開かなかった。一瞬にして真っ白になる頭の中、微かに蘇ったのはお母さんの言葉。

『そうそう名前、今日お父さん仕事遅くて、私も仕事だから、ちゃんと家のカギ持っていくのよ?じゃないと、家入れないからね』

その大事なカギはきっと家の中のある定位置に置かれているだろう。やっぱり今日は運が悪い。


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