txt | ナノ

ハンドミキサーの耳障りな騒音で目が覚めた。ボウルとミキサーががちりがちりとぶつかり合う音が鳴る。コーンはプラスチックの安物ではなく、すこうし高価な銀色のボウルがお気に入りだった。ボウルはお菓子づくりを重ねたせいであちこちに傷がついているのに、コーンは新しく買おうと言っても首を縦には振らなかった。ボウルの傷には洗剤で洗い流せないような細菌がうじゃうじゃ潜んでいる…。コーンはうっとりそれを眺めながら、そこがまたいいんですよと言って笑った。

「おはようコーン。プラスチックのね、可愛い色がたくさんあるボウルを見つけたの。」
「ああ、今日は早いんですね。おはようございます。でも、いいんですよ。これで。」

一人言のように呟いて目を擦りながら厨房へ向かえば、コーンがこなれた手つきでチョコレートを溶かしているところだった。へらでゆったりと混ぜたり引っ掻きまわしたりしながら、時々温度計を突っ込んでは湯煎のボウルにお湯を足してみたりしている。
サンヨウのジムリーダーといえど本業はむしろ、もてなすことなのだ。分担した得意分野。でもみんな、時々お菓子を作る。お茶うけの洋菓子はとても口触りがよく、なめらかで、品のある甘さがあった。

「お菓子はお客様に出すんでしょう。……やっぱり傷があるのは不衛生だよ…」

対面式の作業場に身を乗り出しながら湯煎を眺めると、コーンは俯いていた顔を上げてから上目遣いでわたしを見遣った。美しい色の目を長いそれが覆う。未だまとまっていない髪を気にも止めず、ふふっと少女のように声を上げてみせたコーンは、手近にあった銀色のボウル、メレンゲの入ったそれを手繰り寄せてから小さく息をついた。傷がびっしりとついた、ぐちゃぐちゃに細菌が繁殖しているボウル。

「ねえ、あなた。手を貸していただけませんか。コーンに。」

言われた通り手を伸ばすと着ていた服の袖を静かに捲られて、ほっそりとしたわたしの白い肌が覗いた。あちこちに真紫色の痣や蚯蚓(みみず)腫れがよたよたと浮かんでいる。コーンが力無くうなだれてしまう。本来ならばそんな必要などない。コーンのように罪悪だとこれを見て感じる者がいるのと同じく、囲われた家畜のさながらに、はたかれて喜ぶ者も存在する。それこそが愛。はたき殺されてしまうこともまた、わたしの本望。

「傷を付けてしまったから廃棄して新調する。そんなこと、コーンには恐れ多くて出来やしません。」
「わたしは構わないよ。こんな女を側に置き続ければ、きっと他のものを失うの。信頼とか、そういうもの…。」

コーンは使えないものを大切にしすぎている。その白魚のような指先で触れてもらえたことだけでも「ボウル」は幸せであるのに、それでもコーンは新調しない。わたしははたかれたことを忘れないであろうし、美しい思い出としていつまでも身体に纏うのだ。
不意にコーンのブルートパーズから水滴が零れてその白い頬につたった。つたったそれはぷくりと大きくなった後、どろどろしたチョコレートの小さな海に吸い込まれて落ちた。チョコレートの付加価値が、この時点で数倍になる。なにしろコーンに焦がれる女は少なくないのだ。



ーーーーー
伊織さんから2万打祝いでもらいました!うふふ、コーンさん好きなんだけど書けないんです。コーンさんホントかっこいい。
素敵な文章ありがとう!


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -