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02


1974年12月のことだ。一時の気紛れで話しかけてしまったことが、多分わたしの人生を大きく左右する岐路であったことに間違いはない。今まで通りただ見ているだけにしておくべきであったのだ。でも抗うことすら叶わなかったし、今考えれば抗うつもりもありはしなかったように思う。闇も愛も自分も、そしてレギュラス・ブラックも、文字通りわたしにとっての全てになった。それはその僅か二年後のことである。魂さえ惜しくもなんともなかったのだ。
わたしは後天的に、右目の視力が一切生きていない。かといって右目が白く濁った亡者のようなものではなく、祖父が言うには「例のあの人の全盛期に、襲ってきた死喰い人が放った呪文に当たった」らしい。そのおかげというのもなんだか違う気がするが病気のせいで視力を失ったわけではないので、わたしのそれは見た目からは伺えない。
そんなわたしはいつからか、左目だけでものを見ることを止めてしまった。理由はいたって単純で、片方だけを使いすぎると人間は逆側が退化していく、という話を聞いてしまったことにある。幼くして恐怖を覚えたわたしは、ホグワーツに入学してからも大体は目を瞑り、音を聴くことで無事に過ごしてきた。もちろん見えるのだから校内のほとんどは覚えているし、友人や先生の顔もきちんと浮かぶ。それでもわたしは音を聴いた。

「まーた告白されてる」

ぼんやりと中庭に生い茂る木々を眺めていると、通りすがりのリリー・エバンズが呟いた。わたしとエバンズはグリフィンドール、スリザリンという相容れない位置関係の寮に所属しているはずではあったが、正直敵対心は互いに無かったこともあり、ひょんなことから会話をしたりすることは日課となっていた。

「ああエバンズ。なにが?」
「ほらレギュラス・ブラックよ、グリフィンドールにいるじゃない、シリウスが。あれの弟よ」
「ブラック?」

ブラック家といえば、魔法界の中でも上位の純血一家である。シリウス自体は悪戯仕掛人として校内で名を馳せていたし直に話したこともあるので知っていたが、まさか弟がいるとは初耳だった。エバンズが示した先でプラチナブロンドの長い髪を巻いた女子生徒が、黒で塗り固められた男子生徒へ何かを言っている。確かに頬を染めた女子生徒を見ている限り、エバンズの発した告白という言葉に頷く他無かった。
あまり視力を使いたくなかったわたしはすぐに目を閉じて、男子生徒のことを浮かべてみる。横顔しか見えなかったのに、レギュラス・ブラックがえらく整った顔づくりをしていることに気づいたわたしは動揺した。シリウスのように派手なかっこよさではないけれど、彼には彼の美しさがあるように思った。
それが同年7月のことである。
あれから約数ヶ月、たまに見かけるレギュラス・ブラックを、わたしは耳で覚えた。
まず、同じくスリザリンの生徒であること。歩く速さは人より早め。声はいつも不機嫌そうで、機嫌のいいときは話しかけてきた女の子たちとも、ほんの少しだけ喋る。低いといえば低いのに、セブルスみたいに他人を怖がらせるような高さではない。やわらかい声だった。
そしてあの日。朝食を食べようと友人と連なって大広間に向かった朝、彼がひとりだけ人混みから離れていくのを聞いた。

「レギュラス、飯は?」
「先に手紙を出してくるよ」

普段滅多に開かないそれで、わたしはレギュラス・ブラックの背中を見た。薄い黄色の封筒を大切に両手で持って駆けていく。
でもふくろう小屋は朝から封鎖されているということを彼は知らない。わたしはスリザリンの監督生であったしその事は朝食の後に連絡される手筈だったのだ。
(無駄足じゃないの)
そう思ったときにはもう、人混みを遡ってふくろう小屋へと続く通路へと走っていた。
後悔こそしていないが、一時の気紛れで話しかけてしまったことが多分わたしの人生を大きく左右する岐路であったことに間違いはない。今まで通りただ見ているだけにしておくべきであったのだ。わたしの余計なお節介が彼の、レギュラスの人生を壊しかねなかった、いやもうすでに壊してしまったのかもしれないが、全ての元凶にあたる。



生徒がホグズミートに出かけることを許された今日、わたしとレギュラス以外は誰もいない教室の床に膝をついた。レギュラスが泣きそうに顔を歪めながら近づいてくる。わたしたちの杖はわたしたちの手にはない。わたしたちは今、魔法使いではない。

「あなたは死喰い人ですか」

いつもこっそりと耳にしていたその声が涙に濡れた瞬間を、わたしは聴いた。
わたしは答えることができない。


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