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01


「ちょっとそれ、ひどくない?」

先程の鋭い閃光など欠片も見せなかったかのように、名前は両手をホールドアップした状態で呆れたように笑った。彼女の後方には彼女自身の杖が無造作に転がっている。それはドラゴンの琴線を芯とした、ブナの木が素材である21センチの、加えて言えばよくしなる柔らかい杖だった。
僕が名前の杖を武装解除してから既に二分は経過している。しかし僕は自分の杖を彼女に向けたまま細心の注意を払い、未だ崩れることのない笑顔を睨んでいた。名前のへらへらとした仮面の下にあるのは無防備な明るさだけでなく、狡猾さやエゴイズム、ずれた価値観、倫理観が静かに潜んでいる。それは僕にとって、今ではなくともいつしか危険要素になり兼ねない。初めて言葉を交わした頃のようにおちゃらけた先輩というだけには収まりきらないということを、僕は彼女の側にいた三年弱で知ったのだ。

「どうしてこんなことするわけ?」
「あなたが必要以上に入り込んでくる理由はなんですか。どうしてあなたが、知っているんです」

ぴんと腕を伸ばし、張り詰めた空気の中で杖を向け続ける。彼女は僕と同じ、スリザリンのモチーフが胸元に施された制服のローブを着ていた。深緑色のそれは彼女に似合うようなデザインではなかったが、過ごした年月が大分長かったせいもあるらしく、随分と馴染んでいるように見えた。
杖も無しにいつ殺されてもおかしくない状況であるのにも関わらず、彼女は首を傾げてさも面白いものを見ているような表情をしている。笑顔は消えたものの、口元だけは歪んでいるのだ。

「随分と前にさ。レギュラス、きみが暖炉の前で眠っていたよね?覚えているかな。あの日、深夜まで課題をしてたのはわかってたけど、レギュラスが寮のベッドの他で眠っていたこと自体が珍しかったの」

そう言って彼女はくるりと後ろを向いた。気を張っていた僕はあまりに自然である名前の行動に不意を突かれたが、無言呪文を既に習得していたので、何を発することもなく赤い閃光を彼女の肩甲骨辺りにぶつけようとした。がしかし手の震えが災いし、肩を掠る程度にしか当たらない。情だ。
(まだ捨てきれてなんかいなかったんだ)
悔しさに歯噛みをしながらもう一度杖を振る。名前は素早く懐から黒々とした棒を取り出して、僕が狙ったブナの杖を引き寄せた。
ぎゅん、と耳元を風が舞う。僕の後ろにある、全体的にクリーム色をした絵画に火花がぶつかったらしい。絵画の住人が世話しなくひっきりなしに声を上げて、隣、また隣というように逃げていく。その場がしんと静まり返った。

「ごめんレギュラス」
「まさか二本目、」
「エクスペリアームス!」

かんっと高い音がして、僕の手のひらに握りしめられていた杖が離れていく。
心中で念じたプロテゴでさえ間に合わず、僕は首だけを捻って、先程自分が転がした名前の杖のように動かなくなったそれを横目で見遣った。らしくない舌打ちが響いた。

「あなたは一体、なんなんですか」
「レギュラスは無防備すぎるよ。わたしがきみの鞄からはみ出たアルバムを取り出したあの時も、きみは気付かずに眠ってた。仮にも闇の帝王に仕えようとしていた、ブラック家の跡継ぎであるはすのきみが!」

前が上げた怒声に反応するように、備え付けられていた窓ガラスにひびが入っていく。僕は焦りと恐怖を同時に感じながら、本能の赴くままに彼女の名を叫んだ。名前。いつもなら敬称をつけることを欠かさないのだが、今回ばかりは自分の保身に目が眩んでしまったらしい。
だらりと腕を降ろした彼女の指先からすり抜けるようにして、二本の杖が床に叩きつけられた。無機な音だった。

「クルーシオ」

そう呟いて名前は膝をつく。だが当然、手元にはその呪文を放つことに必要不可欠なそれは存在していない。僕は伸びた黒髪を視界から追い出し、今一度彼女に目を向けた。一体彼女は何者なのか。確かにわからないことだらけの出来事ではあったが、いくつかのヒントが彼女の意図によって明け渡されたということは理解できていた。
闇の帝王という呼称、僕がしようとしていることを知って尚恐れもしない態度、そして闇の陣営が好んで使用する拷問の呪文。

「あなたは死喰い人ですか」

今まで邪険にしてきたものの親しくないとは言い切ることのできないであろう彼女は、頷くことをしなかった。しかし逆に言えば、首を横に振ることもなかった。


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