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お母さん、今日は最悪な日です。いえ悪いのは私でした。お母さんが雨降るから絶対、傘持って行きなさいと言ってくれたのに、必要ないと自分で勝手に決めつけ、持って行かなかったからです。今、見事にお母さんの予想は当たりました。
というより、天気予報の予想ですが。とりあえず、今の現状を報告するのならば、土砂降りで帰れません。迎えに来てください。…私、連絡手段であるライブキャスターを自分の部屋の机に置きっぱなしだったんだ。とりあえずお母さんへ連絡するという手段は失われました。では次の手段へと移りましょう。

どうしよう。

手に持っていたのは、まぎれもなく傘でした。私の傘ではありません。先月ぐらいからお友達をさせてもらってるトウヤ君のものです。どうして私が持ってるのでしょう。話せば長くなる事情です。
要するに先月も同じような状態に陥り、出会って間もない彼の傘を借りたのです。名も知れぬ私に傘を貸し、自身は濡れて帰ったといいます。申し訳が立ちません。あれから返そうと幾度もなく思い、出会っては忘れ、出会っては忘れ……いつも出会うタイミングが太陽がきらめく心地よい晴れだということもありますが、私がバカすぎるんでしょう。どれだけ忘れれば気が済むのでしょう。
だから今こそ、返すとき。彼は隣にいます。どうして彼が隣にいるのに、早く傘を返さないのは何故でしょう。彼に追い込まれているからでしょうか?


「と、トウヤ君。これはどういう状況でしょう」
「どういう状況だと思う?」
「手を退けて頂けませんか?帰れません」
「どうせ帰る気ないだろ」
「あなたに借りた傘を使って帰ります」
「俺の傘だから使わせないよ」
「………」


どうすればいいのでしょう。こういう時、どういう反応を返せばいいのでしょう。私には男の子とこのような状況になった経験はありません。対処法が分かりません。
そうでした。男の子との接し方は、今までトウヤ君に聞いていたのでした。これではいつものようにはいきそうにないですね。


「と、とりあえず。トウヤ君は何がしたいんですか?」
「ずーっとこうしてたい」
「壁に追い込まれ、身動きできない私の気持ちも考えてください」
「じゃあ名前も俺の気持ち考えてみてよ」


トウヤ君から難しい問題が投げ込まれました。私はエスパータイプじゃありません。人の気持ちなんて、理解できません。分かりません。それでも当てろ、とでも言うのでしょうか?少し無謀だと思います。


「分かりません」
「少しは考えろよ」
「分かりたくありません。トウヤ君いつもは優しいのに、今日はどうしたんですか?」
「…俺、そんな優しくない」
「優しいですよ。傘を返すの遅れても、怒ったことありません」
「だって俺はあんまり傘必要ないし」
「でもありがたいと思ってます。そういう優しいトウヤ君が私は好きですよ」


数秒の沈黙と、少しだけ上がる口角。何を企んだのかは分からないけど、明らかにトウヤ君は今笑いました。悪戯っぽく。落ち着いた気がしないのは私の気のせいでしょうか。気にしないほうがここはいいのでしょうか。

彼はようやく私を解放すると、にこりと笑って言った。「またね、」と。またね、とはまた会うのでしょうか。呆けれいれば、気づいたときすでに一人。そこで大事なことを思い出しました。
私また、傘を返すの忘れたのです。だけどこれでまたトウヤ君と会えると思えると、その時に返せばいいやなんて開き直った気持ちが私を覆うのです。いつからでしょう。こんなにも面倒なことが嫌いになったのは。


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