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「ようやく、形になった…」

あれから寝ずに研究に没頭し、2日経った頃に完成したブレスレット。

ヒューゴ様から頂いた高純度のレンズを主として、私が拾ったレンズを少し埋め込んだ、晶術を起動させるアクセサリー。
理論上の完成ではないだろうと思い、試運転をするため研究所の実験場へブレスレットをつけて移動する。
そして、頭の中で小さな水柱を想像する。

「…スプラッシュ」

すると、自分が想像するより、一回り小さな水柱が形となり消えた。
思ったより大胆な想像でいいのだろうか、とりあえず、外の魔物で試してみることにした。




ダリルシェイドを出て西、クレスタ方面へ向かい(…といっても王都からあまり離れる気はない)、魔物との遭遇を待つ。
「!…来た」
あまり待つことなく魔物が現れたので、今度は大きな水柱を想像し、術を発動させる。

「スプラッシュ!!」

すると今度はどうだろう、想像通り…なのだろうか、勢いよく水柱が立ち、魔物にヒットする。
水柱が収まると魔物の影はなくなり、レンズへと変化していた。


「成功した…」



今までにない達成感で笑みが零れるが、多少の疲労感が襲う。
晶術の影響か、徹夜が体に響いているのかはよく分からないが、まだ仕事は終わっていない。
研究がこんなに上手くいったのはヒューゴ様のお陰である。
屋敷に向かわなければと、私の足はすぐさま王都へ向かう。




外の散歩程度に散策していたため、あまり時間はかからずダリルシェイドに戻れた。
以前訪れたときと同じように、ヒューゴ邸ではマリアンさんが案内してくれ、客間でお茶を一杯いただく。

するとすぐにヒューゴ様がお見えになった。

「レイくん、どうしたのかね?何か研究で行き詰っているところでもあるのかな?」


「忙しい所申し訳ありません、ヒューゴ様から頂いたレンズのお陰で、何とか形になるものが完成致しました。
テストも行い、正常に晶術を発動することに成功いたしました」

「それは本当か!流石、といったところか…」

「感謝いたします。ヒューゴ様からのレンズの提供がなければ完成することさえ難しいことでした」

「いや、君の才能だ。卑下することではない。して君はその力を何に使うつもりかな?」

「……残念ながら、人の為に何かを、というのを恥ずかしながら今まで考えたことはありません」

「ハハハ、それは実に科学者らしい答えだな」

「ですから、私に才能があるのかというのは少し違いますかね。本当に才能のある人なら、人の為に役立つとか便利にしたいとか、
その欲求からの開発でしょうから。私なんてただ自己顕示欲を満たしたいだけです」

「…ふむ。それは少し違うな。才能と力というのは、全ての人が等しく持ち合わせているものではない。
その生まれ持って長けた能力があるのなら、どう使おうかは勝手な話だ。理由なんて後から付ければそれなりのものになる。
して、君はその力を使いたいと思うかね?」



「そう問われると勿論使いたいですが…」

「ではその力を有効に使うために提案をしよう。ひとつは、オベロン社の社員として君を雇いたい」

「それは出来ません。私の居場所はあの研究所です」

「では…派遣社員としては如何かな。社員として働くのは私が必要としたときだけで構わない」

「ですが…私は城に仕えている身です。私だけの判断ではどうにもいきません」

「そこは私が王に直談判をしよう。先程言った通り必要としたときだけで構わないのだから、王もそこまで頑なにはならないだろう」

「そう、…ですか」



話がどんどんヒューゴ様の思惑通りに進んでいる。
私としては、ただこのブレスレットに使い道があればとばかりにしか思っていなかったのだ。
決して就職しにオベロン社へ来たわけではないのだ。まあ、完成の道しるべを示してくれたのはヒューゴ様だ。私は流れに任せるのみ。


早速話をつけるといい、屋敷を後にされたヒューゴ様。私はどうするか迷うところだったが、「帰ります」とマリアンさんに言い残して、
最近帰ってなかった家へと戻ることにした。





変わらず必要最低限しかないこの部屋には、家出した実家とは全くの別の空間だ。
部屋に入り、ソファに白衣を脱ぎすてて目を閉じる。
…みんなは元気にしているだろうか。兄は相変わらず陽気なのだろうか。
まあ、そうはいってもみんな私なんかよりずっと強い人たちだ。悲しいことがあっても気丈に振る舞える大人だった。
しかし帰る目途などないし、私はこの仕事を辞めるつもりもない。




少し物思いにふけていると、トントン とドアのノック音がした。
はい、と答えると最近顔見知りになった聞き覚えのある女性の声がした。



「レイ様、お待たせいたしました。ヒューゴ様がお待ちです」

「かしこまりました」

急いで白衣に袖を通し、外に出る。
マリアンさんは素敵な微笑を私に向け、さあ、行きましょうと声をかける。
歩いて暫くすると、マリアンさんが私に話しだした。

「城内の科学者たちはほぼ研究所に入り来たりだと聞いたことがあるのですが、レイ様はご友人はいらっしゃるのですか?」

「うーん…実を言うとこちらにはいません。恥ずかしい話、家出してこっちに来ているので、実家はダリルシェイド周辺ではないんですよ」

「そうなの!…じゃあ、私が友達候補として名乗っていいかしら?」

「いいんですか?私、面白い話何もできませんよ?」

「友達ってそういうものでしょ?一緒にいれば楽しいんですもの」

「では、お願いしてもいいですか?あっ!そうなると、様付けはなしですよ?」

「分かったわ。でも屋敷にいるときは許してね?仕えるのは私の仕事だから」

でも私はあまり気にしない、と伝えても「それは出来ないわ」、と強い意志で断られた。
またご飯にいきましょうとか、買い物もいいわね、なんて話題は次々に出てきて盛り上がり、
こっちに来てから一度も話してないそんな他愛無い会話でちょっと浮かれているうちにすぐにヒューゴ邸についた。

戻りました、と声を出したマリアンさんは既にメイド長としての姿で。
屋敷の客間で待つヒューゴ様に連れてまいりました、と声を出し退出をする。
そのとき目が合ったマリアンさんは、声を出さずに「また今度ね」とほほ笑みながら私に伝えてくれた。



「マリアンとは気があったのかな?」

「はい、素敵な方ですね。先程友人としてもこれから交流する仲になりました」

「ほう……、そうか。
して先程の件に関してだが、王からも社員の承諾を得て、君にはオベロン社の派遣社員も兼任してもらうことになった。
早速だが、社員としての仕事を与えよう。
先日王からの勅命を得てリオン達が神の眼の奪還の任務を遂行しているが、一足遅くというところで未だに足取りを追ったままだという。
そこで君にもその任務を手伝ってもらいたい」

「…それは長期にわたってダリルシェイドを離れることになりますよね?」

「科学班としての仕事を気にしているのは分かるが、その件についても王には承諾を得てきたところだ。
幸い、君は旅の心得もあるというのも聞いた。剣の腕も女性にしてはあるという報告もストレイライズ神殿の件で報告を受けている。
…それに、君が得た力の使い道に何より相応しい仕事だろう」

「承知いたしました。私は早速どこへ向かえばよろしいでしょうか?」

「先程カルバレイスのオベロン社支店からチェリクよりノイシュタットへ向かったと報告を受けた。
オベロン社の船を出す。すぐにでもノイシュタットへ向かってくれたまえ。
着いたらオベロン社の支店へ向かうといい。話は通しておく」

「…分かりました」




思わぬ"長旅"が、これから始まるようだ。