早くもあれから3日経った所だ。相変わらずの缶詰だ。
ソーディアンの研究……といっても参考になる書物は、かの有名なハロルド・ベルセリオス学者のものだけだ。
奇しくも作った天才科学者の書物だ。一番の研究資料だが、中々解読できない点も少なくない。
果たして現代に純度が高いレンズ等あるのか、またそれを用意したとて成功につながる可能性は少ない。
「レイ、言伝だ。ヒューゴ様がお前に会いたいそうだ」
「ヒューゴ様が?」
「時間があるときに屋敷に来てほしいそうだ。じゃあ、伝えたからな」
「分かりましたよ」
同僚が研究所に帰ってくるなり、そう私に伝え自分の作業デスクに座る。
彼もここ何日か缶詰しているようだ。結局私たちは自分たちの研究のためなら目の前に没頭している。
しかしヒューゴ様に呼ばれる日が来るなど思ってもみなかった。
オベロン社の総帥で今や全国、相当の田舎でない限り支店を構えているという大企業。さらにはダリルシェイド王にも絶大な信頼を寄せられている。
そんな彼もまた若かりし頃は学者だったと聞く。
研究の賜物だろう。私のような私利私欲の塊の結果ではない。
そんな別次元の方が私に何の用だろう。また新たな拷問器具か。
しかしあれは最近の出来にしては中々のものである(実際に使用具合は聞いていないが、効果の程は確認済みだ)。
なんだかんだまとまらない頭のまま、私はヒューゴ邸へ向かうためにのシャワー室に行き軽く体を洗い、身支度を済ませる。
外に出ると、やや西日がかかった空にも関わらず、ダリルシェイドの賑やかさは昼間とさほど変わらない。
時間はあまりかからずに、随分立派な屋敷が見えてくる。
軽くノックをすると、はい、と返事が聞こえドアが開く。なんとも綺麗なメイドさんが出迎えてくれた。
「恐れ入ります、私、レイ・スターレイズと申します。ヒューゴ様に用があり伺ったのですが…」
「レイ様ですね。話は聞いております。しかしヒューゴ様はあいにく外出中でございます。
あまり長くはないと思いますが、中で待たれますか?」
「構いません。私こそアポイントなく足を運んだ身ですので。迷惑でなければ待たせていただきます」
「かしこまりました。では中へどうぞ」
入ってすぐ客間に迎えられ、席に着いたと同時に出されたお茶に手を伸ばす。
一口飲みほすと先程のメイドがじっと私を見ていて、目が合うとはっとした表情になり、遠慮がちに小さく微笑んだ。
「初対面の方に失礼でしたわ。私ったら…」
「いえ、そういうつもりでは。どうかされたのですか?」
「失礼ですが、随分と若くて可愛らしい方が科学者をされて驚いてしまったの。なんで悪魔の頭脳なんて言われるか分からない外見だから、つい」
「あはは、本当その通りです。私も気にいらないんですよ。もっとこう、年頃の女に合うような…ってすみません、
こんな場所で愚痴なんて」
「いいのよ。私の方こそ、お屋敷の立派な科学者様に失礼な口をきいてしまって」
「そんな事言わないでください。どちらかというと、こんなに女の人と楽しく会話出来たのなんていつぶりか分からないので。
研究所は輩の集まりですから。あ、私だけ名前を知られているのも癪なので、差し支えなければお名前教えていただけませんか?」
「そんな遠慮なさらないでください。私はマリアン・フュステルと申します」
「マリアンさんですね。淹れていただいたお茶、とても美味しいです」
「ありがとうございます。レイ様。それはこの屋敷に住まれているリオン様もとても好んで飲まれるお茶ですの」
「へえ…客員剣士殿が」
「リオン様と知り合いなのですか?」
「知り合いというほどでも。つい先日、休暇中に少し関わることがあっただけで」
「そうなのですね!リオン様はああみえても……」
出されたお茶はほんのりと甘く感じ、普段クールな少年が好むと言われると、意外な気もするが、年相応なのだろう。
そしてマリアンさんは優しい表情で客員剣士の話をはじめる。
とても母性を感じるような、また時折少しの切なさを見せながら屋敷での、いやマリアンさんの前でのリオンの私生活の話を続ける。
きっとマリアンさんのこの優しさは年端いかない少年の心を癒す拠り所なのだろうと、なんとなくだが察する事が出来た。
「随分楽しそうな話題でもあるのかね、マリアン」
「あっ!ヒューゴ様。おかえりなさいませ。屋敷に来られる科学者様がこんなに可愛らしい方だとは知らずに、つい話し込んでしまいましたわ」
「構わんよ。呼び出してすまないね、レイくん」
「いえ、こちらこそアポイントなく来てしまった身なので、申し訳ありません」
「気にすることはない。さて、マリアン、席をはずしてくれるかな」
「かしこまりました。レイ様、また遊びにいらしてください」
マリアンさんが出て行き、少しゆるんだ気持ちをきゅっと引き締めると、
「あまりかしこまらなくていい、今日は特に科学者としての依頼を頼むわけではない」
「?…と、申しますと」
「いや、君の功績は王宮からの功績も信頼もあり、私もその若さからでは考えられない頭脳にそれなりに一目置いているのだが、
…どうだね、私と手を組まないか?」