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「イレーヌの屋敷は街の北だ。さっさと向かうぞ」

「くーっ!カルバレイスからここへ来たからかしら。涼しく感じるわね」


熱帯地域のカルバレイス…港町チェリクから船に乗り、フィッツガルドのノイシュタットの地を踏む。
ノイシュタットの街は一見豊かに見えるが、少し歩むと街の明暗がはっきりと映し出される。貧富の差があるからだ。
スタンは故郷の田舎が同じ大陸にあるからか落ち着きがいつもにもなく、ルーティはを相変わらず金の匂いを探している。

街を少し歩むと早速、この街の"暗"の部分に出くわした。


「ねえ、通してよ…」

「嫌よ、あなた、"びんぼう"なんでしょ?びんぼうな人は"やばん"だってママが言ってたわ」

「こわーい!いつものようにくらい道通って行けばいいのに!私たちここで遊んでるんだから…」

「そんな…今からそっちにお花を売りに行きたいのに…」


「こらーー!やめなさーい!」


一連の流れを見ていたらルーティが真っ先に子供たちに向かって怒鳴りつける。
普段の金以外には無関心な彼女からは中々想像できない光景だ。
「貧乏も何も関係ないでしょ!この子が何かしたわけでもないんだし。あんた達が苛めていい理由なんてないわよ」

「だって…びんぼうだし」

「パパに言いつけてやる…っ」

「誰が貧しいのが悪いなんて決め付けたのよ!それにあんたのパパが偉かろうが何だろうがあんた達が偉いわけじゃないでしょ! あんた達が悪いんだから謝りなさい!!」

「っ… ごめんなさい」


顔の表情も分からない程俯いている子供たちはなんとか耳に入る声で謝罪をし、走って逃げだす。
そのあとに取り残された薄汚れたワンピースの子がぱっとこちらに寄ってきてお辞儀をする。
「おねえちゃん、ありがとう!これあげるね」

「ありがとう。でもこれは、あなたが今から売るお花だよ。一生懸命お金を稼いでおいで」

「…そうだね!分かった!おねえちゃん、ばいばい!」

「うん、ばいばい」



「意外だなあー、ルーティがあんなに叱るなんて」

「そうですわねえ。人は見かけによらないですわ」

なんて、後ろの方でスタンとフィリアが呟く。
聞こえてるわよ、悪い?なんてルーティも悪態を返す。

彼女がどこでどんな育ちだったかは知らないが、あのがめつさからしていい育ちではないだろう。
しかし悪いことを見ず知らずの子供に叱れるというのは確かに意外な一面だ。
僕は、今まで気にかけることもなかった。”姉”としては全く見れないが。




「この、花は…?」

「これは確か…サクラっていうのよ。何か思い出した?マリー?」

「いや…ただこれと似た景色を見たことがあるような…なんだか懐かしく思えた」

「あっ、アイスキャンディー屋だ!みんな!一つ買ってこうよ!」

「貴様ら!目的を忘れたのか!さっさと行くぞ!」

記憶喪失のマリーが物思いにふけ、スタンがまたとぼけたことを抜かしている。
シャルが『坊ちゃん…苦労しますね』と呟くがため息しか返せず、目的のイレーヌの屋敷を目指す。
「いいじゃないの、ケチー!」とルーティの声が聞こえたが、迷わず拷問ティアラのスイッチに手を伸ばすと、 苦虫を噛みしめたかのような表情でクソガキと呟いた。迷わず押した。


イレーヌの屋敷に着くと、メイドが「お嬢様は所要で出かけております。すぐ戻るとのことです」と発した。
この時間が惜しいときに…と思った矢先に、スタンが僕に話しだした。

「なあリオン、少し時間があるならさっきのアイスキャンディー屋行ってもいいか?」

「そうね、一息つきましょう。マリーも何か記憶を思い出すかもしれないし。いいわよね?」

「…勝手にしろ。僕は残る」


そう言うと、彼らは明るい表情になり屋敷を出ていく。
スタンが「リオンのも買ってくるからなー」なんて言い残したが僕はそんなもの…要らない。


『良かったですね、坊ちゃん。たまには好きな甘いものでも食べてくださいよ』

「煩いぞ、シャル。全く、あいつらは本当に呑気だ」

『そうですね…。坊ちゃんの気苦労が絶えませんね』

「全くだ…」


ソファに腰掛けてシャルと少しだけ雑談を交わし、一息ついたところで、ドアが開く音がした。

すぐさまメイドが僕のところにかけより、「お嬢様が帰られました」、と伝える。

「あら、リオンくん!大きくなったわね」

「御託はいい…… 貴様、なぜこんなところにいる…?」

「あら、客員剣士殿、お久しぶりです」


いるはずのない科学者が、イレーヌの一歩後ろにいた。




「あら、客員剣士殿、お久しぶりです」

そう伝えると怪訝そうな顔でこちらを見る。

「レイちゃんと知り合いの?リオン」

「知り合いというほどではないが…何故ここにいる?」


「私の研究結果のレポートを書くためです。その為に皆さまと同行することになりました」

笑顔を浮かべてそう伝えると客員剣士はますます眉間に深いシワを寄せる。


「そう不機嫌にならないでください。私もこの任務の重さを重々承知しているつもりです。 足を引っ張るようなことはしません」

「断る」

「あらリオンくん、断ると言っても、ヒューゴ様の勅命よ。断れるわけがないわ」

「何…?」

「…ということですので、よろしくお願い致します」

何がなんだか分からない、という表情をあからさまに出し、不機嫌さもあらわにしているが、ヒューゴ様には逆らえないのであろう、 否定の言葉は出さなくなった。


「良かったわね、レイちゃん。リオンくんも口ではああ言ってるけど、仲間が一人増えて嬉しいはずよ」

「なっ…!別に仲間など思っていない!たかがソーディアンも持たない科学者如きが力の足しになるはずもない」

「そーんなこと言って。レイちゃん、凄いのよ!なんてったって」

「イレーヌさん、ここまでです。後は実践でぎゃふんと言わせるので」

「そうね!お楽しみの方がきっとレイちゃんの凄さが分かるわね」

「はい。“たかが科学者如き”を甘く見られては困りますから」

イレーヌさんと微笑み合って少し皮肉を混ぜると、一層眉間の皺が深くなる客員剣士。 私は間違ったことは言ってないのだ。科学者が如何なる時でも人々を助けるのは歴史の理だ。

とはいっても、私はただ自分の私欲のために動いているが。


「リオーン!ただいま!アイスキャンディー買ってきたぞー!!…って、レイ?」

「お久しぶりですスタン。王の勅命を受けて皆様に同行することになりました。改めてよろしくお願い致します」

「そうなのか!頼もしいなー、よろしくな!」

「ちょっとあんたねぇ!捨て台詞でとんでもないこと残してくれて…あん時のアタシの絶望ときたら相当だったわよ。 まあ、戦力としては十分だわ。仲良くやりましょ」

歓迎される言葉には流石に頬が緩む。短い道中だった筈の皆が歓迎してくれている現状に、私は少なからず高揚を隠し切れていなかった。

これから、私の旅が始まる。