「ジャーン!おはよう!好き!」
「るっせーよテメェは朝っぱらから」
ああまたか、と周りも笑う。最早この風景は訓練所では日常と化していた。
「お前もその遊びよく飽きねーな」
まだ眠いなか朝食を口にしながらそう言ってやるとセシリアはパンを咀嚼し終えてから肩を竦める。
「だって好きなんだもん」
「はいはい」
最初こそ真っ赤になり照れて大騒ぎしていた俺も今では適当にあしらうようになっていた。毎日暇さえあれば好きだという彼女がまさか本気なわけがないというのはすぐに分かった。そもそも言うタイミングが結構適当だ。あーおなか減った、あ、ジャン、好きだよ!とか。よく分からない不思議な奴。きっとこれが彼女流の人間との距離の縮め方なのだろう、なんて最近では考えられるようになった。
「おい、いつまで食ってんだ。訓練行くぞ」
「えー、早いよ」
文句を言いながらもは食器を片付けて準備をすませる。いつの間にか2人訓練の前に早く指定された場所に行ってウォーミングアップをするのも日課になっていた。
「ほんとジャンは熱心だなー」
彼女はうーんと伸びをしながら歩いていた。かくいう彼女も結局毎朝早く訓練をはじめているのだから変わらないだろうに。
「なんで?巨人を駆逐する気になった?」
にやにや笑いながらそういう彼女の頭を肘で小突く。エレンの話してんじゃねーよというとお、嫉妬か?と彼女が嬉しそうに笑う。
「ミカサも愛されてるなー」
とうとう声に出して笑い出した彼女の頭を掴むとぐらぐらとわざと大きめにゆすった。うえーと言いながら細い指が俺の手を無理やり引き剥がす。
「いったいな乱暴者!でも好き!」
「言ってろよバーカ。憲兵団になるためだっての」
そう、成績優秀者に食い込んで憲兵団になり、安全な内地で暮らすためだ。ふーん、彼女が相槌を打つ。そういえば彼女は何になりたいのだろう。まさか調査兵団ということはないだろうけれど聞いたことも無かった。
「なあ」
「んー?」
「お前は何になりてーんだよ」
「さー?」
「さー…って。憲兵団にしとけよ」
「うーん…。ジャンが居るなら憲兵団でもいいかなあ…。でもなあ」
「煮えきらねぇな」
きっと彼女のことだから憲兵団にする、ジャンもいるし、なんて冗談をとばしてくるものだと思ったから案外真面目に考えているその姿に新しい一面を見た気がした。
「何か夢でもあるのか?」
たとえば憲兵団になってしまえば到底叶いそうにない夢、とか。まあそんなたいそうな夢を持っているのはあの物好きのエレンくらいだろう。なんてったって巨人を駆逐したいらしいからな、そこまで考えて鼻で笑ってしまった。彼女がちらりとこっちを見たので悪い、別件だ。と伝える。
「夢かー」
彼女が少し歩幅を広げる。しばらく唸った後、半歩前まできていた彼女は振り返って笑った。今まで見たことのないくらい、綺麗で、どこか遠く儚くて見ているほうが辛い、それなのにどこか怖さを潜めたそんな笑顔だった。
「ジャンの目の前で巨人に食われること!」
足が止まった。口の中が突然乾いたようだった。辛うじて出たのは「は?」なんて間抜けな声だった。
「そんでそのときに好きだよって言うことかな」
楽しそうに笑う彼女に狼狽する。何言ってんだこいつ。
「お前…悪趣味だな…」
「はぁ?冗談に決まってんじゃん!」
巨人に食われたいドMじゃないんでー。と彼女がまた笑いながら言う。それから動けないままの俺を軽くどついて指をさした。
「うわー真に受けてるー顔すっごい死んでるんですけど」
「……テメェが変なこと言うからだろうが!」
やっといつもどおりしゃべることが出来て拳骨をつくるとそれで彼女の両のこめかみををぐりぐりと圧迫する。煩くわめきながら彼女がそれでも楽しそうに暴れた。
「ぜってー死ぬんじゃねーぞこのアホ。そんなことしたら俺が殺すぞ」
「まあジャンがそういうならそれも悪くないな」
くすくす笑う彼女に拳骨を落としため息をついてほら、訓練するぞと促すとはーいといつもの間延びした返事で無性に安堵した。
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