※時間軸はトロスト区攻防戦後ですが10巻ネタバレ含みます




ぱらぱらと燃え上がる炎をただ眺めていた。
胸いっぱいに息を吸えば彼らの苦しみや憎しみが肺をじわじわと侵してくるようで僕はただひっそりと息を殺していた。

誰のものともわからない遺灰が静かに舞っていた。

「ベルトルト」

声の主はセシリアだった。普段明るく元気で、厳しい訓練をものともしないそんな彼女からは到底想像のつかないほどの悲しみを孕んでいた。彼女は小さくもう一度呟く。ベルトルト。形のいい、けれど色を失った唇からは力のない声しか聞こえなかった。何も言わずただ視線を隣に立ち尽くす彼女へ向ける。華奢で、今にも折れてしまいそうな、弱いただの女の子。目はうつろにただゆらゆら燃える炎だけを映していた。彼女を助ける気はなかった。ただの同期。それだけで良かったはずだったのだ。それなのに巨人に食われそうになっている姿を目の当たりにして助けずには居られなった。放心していた彼女はしばらくした後、無理やり笑おうとして、けれど笑えずに、俯いてガタガタと震えながらそれでもありがとうと言った。そのとき頭がじんと痺れて何も言えなかった。少なからず彼女を追い詰めた一因は僕にあるのだから。今や彼女が体力的にも精神的にも疲れ果てていることは誰の目から見ても分かる。ただその状態に居るのが彼女だけではないから誰も気に留めないのだ。いや、気に留める余裕がないのだ、自分のことで精一杯で。

「ベルトルトは、死なない?」

彼女がぼそりと呟く。肯定なんて本来ならできるはずも無かったのに、それなのに気づいたらただ短くうん、と返事をしていた。彼女はそっと顔をあげた。視線がぶつかる。深い闇と溶けたような、あの絶望した瞳に、僕が映った。自分も存外酷い顔をしている。

「ベルトルトは、ずっと一緒にいてくれる?」

うん。もう一度そう言うと彼女はそっと上着の袖口を握ってきた。小さな手。

「ほんとうに、ほんとうに?」

「……約束するよ」

なぜそう答えてしまったのかは、どうしてだか分からない。彼女の目に映るのが暗闇の中の僕だけで、それが無性に嬉しかったのかもしれない。死なないだなんて、ずっと一緒にいるだなんて、そんなことは不可能だ。いつ死ぬかも分からない。彼女は僕の正体すら知らない。それなのに彼女をたったこれだけの言葉で繋ぎとめておきたいと、そう願ってしまった。戦闘が始まる前まで軽快に笑っていた彼女はもうここには居ない。僕の好きな笑顔はもうどこにもない。それを奪ったのは僕自身に違いないのに。

「そのかわり、セシリアも……死なないで」

言うべき台詞ではなかった。少なくとも僕が言うべき台詞では。あまりに薄っぺらくて嫌味ったらしくて皮肉だ。そんなつもりはなかったけれど、いずれ彼女が僕の正体に気づいて、そしてこの言葉を思い出したとき、きっとそう思うに違いない。もしか弱い彼女がそれまで生き残っていれば、の話なのだけれど。本来なら彼女はすでに死んでいるはずだった。腕がたたないわけではなかったがとりたてて優秀でもない。セシリアは強くない。どちらかというと弱い、そんなどこにでも居るような女の子なのだ。なのにどうして助けてしまったのだろう。彼女がまた死に面したとき、僕は彼女を助けてしまうだろうか。それとも今度は耐えらるだろうか。守りたいと思ってしまってはいけないだろうか、なんて、いけないに決まってる。それなのに、どうして。

「うん……、死なないよ。絶対死なない」

だって私、強いんだから。そう言って笑う彼女の瞳からつうと静かに涙がこぼれた。その涙をぬぐうことは許されない。代わりに小さく微笑んで見せた。息がしづらかった。もしかしたら灰を吸い込みすぎてしまったのかもしれない。胸がかっと熱かった。

彼女は自分が弱いこともいつかそのうち死んでしまうことも、つまり約束は守れないということも分かっているのだろう。涙ぐむ彼女のその目に、まるで泣いているような僕が映っていた。


130526


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