※4巻/アニメ13話微ネタバレ/恋愛要素0/夢主死ネタ





「リーコ」

ふんふんと鼻歌を交えながらセシリアが私の名前を呼んだ。彼女は強く、駐屯兵団のうちの精鋭の1人だ。ただ普段からはその様子は微塵も感じられない。へらへらとだらしなく笑ってはその視線はどこを見ているのだろうと思う。馬鹿だとか頭が弱いとか言うよりは恐らく奇人や変人といった類なのだろう。

「なんだ」

「呼んでみただけー」

何が楽しいんだか1人で笑う。まったく、と肩を落とすと書類を読んでいたイアンがちらりと視線を上げていつものことだろうと笑って、ミタビも笑いながら頷いた。それに私もついそうだなと返すと唐突にセシリアが「私はリコのそういう呆れたような、諦めたみたいな笑い方好きだな」とやっぱり笑った。ついでに、だってリコは普段なかなか笑わないんだもの、と彼女がちょっと不貞腐れる。悪かったねと返事をする。

セシリアは普通の1人の人間でありながら、ただ彼女の思考や価値観を私が知らず、そして持っていないからこそ未知の世界のように感じてしまう。だから彼女のことを不思議だと片付けてしまいたくなるのだろう。彼女は幼い態度をとるくせに時折馬鹿みたいに大人びて見えた。

「もしまた巨人がやってきたら死んでしまうかなー」

「分からん。ただ死ぬまでに1体でも多くあいつらを殺すべきだ」

「だよね。イアンってば真面目」

これまた唐突にセシリアがそんなことを言うものだからため息をつくと代わりにイアンがそう彼女に告げる。それに間延びした声で彼女が返事をしてしまったので結局彼もため息をつくほかなかったようだ。

「お前は死なないだろ。そもそも想像できん」

「ミタビが言うならそうかもね。嬉しいなぁ」

「だいたいアンタみたいなお気楽にへらへら笑ってるような奴が1人くらい居なきゃこの世界は息苦しくて終わっちゃうよ」

彼女が声を上げて笑った。リコって私のこと大好きなんだね、と言う彼女に私が反論するより早くミタビが違いないなと笑った。

「じゃあ私が死んだときは教えてよ、世界が終わるかどうかってやつをさ」

「死んだ奴にどう教えるっていうの」

「そりゃそうだ」

お手上げだと彼女が両手を上げるので馬鹿だなと、笑う。

「だからお前はリコのためにも死ねないな」

「ハハ、じゃあ俺のためにも死ぬなよ」

「そうだね、イアンのためにもミタビのためにも生きることにする」

「そうしてくれ、ついでにこの書類も頼む」

「さーて、俺も頼んどこう」

「私も頼むことにしようかな」

「えぇ?私もしかしてのせられた?」

多分いうなればぬるく柔い幸せとはこういうものなのだろう。何があるわけでもない。そこに愛があるわけでもない。ただ彼女がいつものようにへらへらとして、イアンが真面目に答えて、ミタビが笑って、私が呆れたように返事をする。たったそれだけだ。たったそれだけ。

「ね、私、リコのためにも生きるよ」

「もちろんだ。くどい」

「まあでも、心配しないで」

「何を?」

「それはね、」




超大型巨人がやって来て壁はまた壊され、不在の調査兵団の代わりに我々駐屯兵団が狩りだされたのは運命といえば聞こえはいいが形容しがたいそれだ。精鋭だと集められイアンとミタビと私はエレンと言う少年のために前線に借り出されることとなった。イアンはミカサという、エレンといつも行動を共にしているらしい腕の立つ兵士を呼んでくると背中を向ける。ミタビも自班の編成に取り掛かったようだった。「セシリア、」彼女を探そうと振り返るより早く顔を突き出され思わず後ずさりをしてしまう。

「近い」

「私も行くよ」

「ああ、呼ぶところだった」

知ってる、と彼女が笑う。

「リコは私を置いていかないと思った」

「置いていく?馬鹿言え、アンタみたいな殺しても死なない奴を連れて行かない奴がいるか」

「私超最強だね」

いいからふざけないで立体機動の点検をしとけ、と肩を押すと珍しく、偉く真面目な顔で敬礼が返ってきた。彼女は強い。憲兵団にこそ入れなかったが成績は良かったといつだったか聞いたことがある。万が一にも死ぬなんてことがあっていいはずがない。指揮はあの頭の切れる冷静なイアンだ。そこまで考えて馬鹿らしいなと頭を振った。どうなるかなんて誰にも分からない。そもそもこの計画の軸そのものが不確かなのだから、計画が計画通りに事を運べると思わないほうが身の為だろう。恐らく沢山の兵士が死ぬ。あの少年のために。そして、人類のために。

なぜ少年にあれほど兵士の死の意味を説きたかったのか私自身にも分かることではなった。後方に居た彼女が「たまにリコって理屈っぽいよね」と言う。笑っては居なかった。真面目な顔でそう言う彼女にそうか、と返すと肩をすくめられた。

「まあ私も全くの同意見なんだけど」

「……珍しいな、意見が一致するのは初めてだ」

「そうだっけ」

「ああ、私の記憶が間違っていない限りは」

計画は中止するべきだったのではないかと思う。けれどイアンの言ったことは正論だ。我々が従いたいと思おうが思うまいが、正しいことだけは確かだった。我々が武器を持つ兵士である以上、変更された作戦を遂行しなければならない。近づいてくる巨人を殺し、エレンを回収できるまであの少年が生んだ、いや、あの少年がなった巨人を守るしか術はない。恐らく少年が目を覚ますか、それとも我々が全滅するまでだ。先ほどの様子だと我々が全滅するほうが早いかもしれないな、と屋根を蹴る。相変わらずセシリアは後ろをついてきた。

「リコ」

「なんだ」

「呼んだだけ」

そうか、返事をするとそうだよ、と言う。顔は見えない。どんな顔をしているのかと振り返る余裕はない。目標は目の前にまで迫っている。私達は生きるために殺さなければならない。1人また1人と時間がたつにつれ疲弊していった仲間達が食われていくのを悲しんで悔やむ時間すら与えられなかった。

「リコ」

「今度はなんだ」

「終わらないよ」

聞き逃しそうになったけれど確かに彼女はそう言った。何が、と問おうとした時に彼女が声を上げる。「危ない!」その叫び声に驚いて振り返ると彼女は私から離れて、兵士に手を伸ばそうとする巨人へアンカーを打ち込んだ。「待て、セシリア――」単騎行動は止せ、と言葉にするよりも先に、勢いよく風を切る音がして彼女が巨人のうなじを削いだ。巨人の大きな手は兵士に届く前に地面へと沈む。

「心配しないで!終わるわけないんだから!」

彼女が笑顔で降り立った屋根の上から手を振ってくる。助けられた兵士は恐怖と安堵でぐったりとした様子で、力強く立つ彼女の隣に座り込んでいた。ひやひやさせるな、と私は唇を噛む。それでもまだ巨人がやってきていた。ここで無理にまた合流しようとするとそのほうが危険だ。我々の目的は固まって行動することではない。巨人を倒すことだ。幸いにも彼女は単騎行動などせず、その隣の兵士と協力し合って討伐していくだろう。彼女は強い。こちらにも、私の後ろにまだ数名だが仲間は残っているからまだ、まだ大丈夫だ。大きく息を吸う。

「セシリア!無理に合流しようとしなくていい!巨人を倒せ!そして生きろ!」

命令だ、と最後に叫ぶと彼女が敬礼をして目の前の巨人にかかっていった。彼女が助けた兵士も若干の遅れをとりながらセシリアに続く。アンタは言ったな。リコのためにも、死なないと。きっと彼女は死なない。終わらないよと彼女が言ったのだ。彼女がここで終わるはずがない。私も前を向き巨人を見て刃を握りなおした。





「答えあわせでもしようか」

彼女を見つめる。彼女は何も言わず黙ったままだ。珍しく笑わず、からかわず、ただ耳を澄ませているみたいに。

「アンタの言うとおり、終わらなかったよ」

別に賭けていたわけじゃない。勝ち負けだとかそういうものじゃない。ただセシリアの言った通りになったのがやけに癪に障ったのかもしれない。ああ、本当に言ったとおりだったね。あの時セシリアはどんな気持ちで終わらないよと言ったのだろうか。どんな気持ちで心配しないでと言ったのだろうか。どんな顔をしていたのだろうか。振り返って確かめていれば良かった。

思い出せ。私達の幸せはたったあれだけの、あんなに小さなものだった。何かを変える力なんて持ち合わせては居なかった。だけどきっと、それでもそのちっぽけなものが奪われてしまえば世界なんて終わると思った。少なくとも彼女の笑顔にいつだって救われていた。だからこそ信じていた。でも彼女はちゃんと知っていたのだ。だからこそ、彼女は確かに、あの時言っていたではないか。

心配しないで、とあの間延びした声で。それはね、瞼の裏で彼女が笑う。「私が死んでも、リコの世界が終わるわけではないってこと」さぁ、どうかな、と答えた私に懲りずに笑ったね。じゃあリコ、そのときは教えてよ、って。


「……どうやって教えるって言うんだ」


なぁセシリア、笑ってやるからいつもみたいに言えよ。私のこういう呆れたような諦めたみたいな笑い方が好きだって。ついでにへらへら笑ってからかえよ、私の言った通りじゃなく、アンタの言った通りだったんだからそれくらいは許してやる。そうしたらミタビも「リコは本当にセシリアに弱いな」って笑えばいいさ。真面目に彼女の相手をするイアンの書類だってちょっとぐらい手伝ってやるのも悪くない。なあ、アンタもそう思うだろ、セシリア。だって世界はまだ、こうして何事もなかったかのように息をしているのだから。



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