「マンネリは最大の敵だわ…」

ごんっ、と思った以上に鈍い音で持っていたコップとテーブルがぶつかる。向かいに座っているマルコは苦笑いだ。

「もーほんとごめんね!いっつも愚痴聞かせちゃって」

「構わないよ、僕はセシリアの話聞くの好きだし」

「あーあそうやってまた私を甘やかす…」

悪いのは完全に私なのだが彼のあまりの人のよさにため息をつかずにはいられない。ぽかぽかと天気も良く気持ちのよい日曜日、どうして突然呼び出されたただの女友達の愚痴に付き合ってくれる好青年が居るだろうか。優しすぎにもほどがある。折角着替えたのにジャンに見向きもされなかった私は当てもなくファミレスに入り話を聞いて欲しくてマルコに電話したのだけれどまさか本当に来てくれるとは。一応お詫びもかねて代金ぐらいは持つつもりだけれども。

「でも今日凄く可愛いから、ジャンとデートでもするのかと思ったよ」

そう微笑みながらカップに指をかけマルコがコーヒーを飲む。うっかり噎せそうになった私はそれを堪えて、ついでに赤くなりそうになったけれど平常心平常心と言い聞かせる。

「それいつもは違うみたいな…」

「ん?いやセシリアはいつも可愛いと思うけど」

平常心平常心と倍のスピードで言い聞かせる。なんだこの男は。優しさと紳士の塊すぎてどんなに望んでもジャンが言ってくれない言葉を意図も簡単に言ってしまうのだ。大人すぎる。私がどんなにお洒落を頑張ってみてもジャンはいつも特に反応してくれなくて、たまにしてくれたとしても「スカート短ぇんだけどそんなに太い足晒したいのかよ」とか笑いながら言ってくるもんだから腹が立つ。悲しいことに最近は腹もたたなくなってきてどちらかというと呆れた、という感情の方が大きかった。

「マルコの彼女になる子は幸せだよ…ジャンは絶対そんなこと言ってくれないし」

ストローでジュースをかき混ぜながらそう言うと彼はやっぱり苦笑いだ。

「ジャンは子供だね。せっかくこんな可愛い彼女が居るんだから大切にしないと」

「…ねぇ」

うん?とカップから口を離して彼が私を見る。

「そういうのわざと言ってるでしょ」

「…バレたかー…ちょっとセシリアの反応が面白くて」

くすくすと男の人なのに品良く笑うものだからこっちも色々言い返せなくて結局もう、としか言えなかった。もし、例えばの話だけれどどんな感じだろう、マルコと付き合ってみたら。別に浮気とかではなくて、移り気でもなくて、ただ単純な疑問として。もし私がジャンのことをもともと好きではなくて、付き合ってもなくて、普通にマルコのkとが好きで、付き合えることになって、そうしたらどんな感じだろう。

彼のことだからきっと優しいし彼女には尽くしそう。手も引いてくれて、休みも一緒に出かけたりなんかして、喧嘩も、そりゃあ彼だって人間だからたまにはあるだろうけどほとんど無くて、かわいいね、だとか欲しい言葉もくれて、名前もきっと沢山呼んでくれる。

うっかり比べてしまってこっそり苦い顔をしてしまった。そんなつもりではなかったのにジャンと比べてしまったのだ。自己嫌悪に陥るのも仕方ない。私はジャンに何をして欲しいんだろう。一緒にいられるだけで幸せなはずなのだ、本当は。だって彼は私を好きになってくれて、それも奇跡的な確率なはずで、喧嘩は多いけれどそれでも幸せで、一体何が不満なんだろうか。同棲をはじめてからはそれこそ割りと結構な頻度で愛し合ったりもしてるのに一体何が。そこまで考えてああ、と気づく。彼の気持ちが分からないんだ。私ばっかりが彼を好きみたいで、不安なんだ。彼が好きだと言ってくれたのは思い出す限り告白のときそれ1回だし、まあ彼に限って体が目当てだとかそんなことはないだろうけれど、それでも不安なものは不安だ。本当に彼は私のことが好きなんだろうか。ずるずる惰性で付き合ってんじゃないだろうか。

「セシリア?大丈夫?」

マルコが顔を覗き込んできてはっとする。ちょっと考え込んでしまったみたいだ。首を振ると彼は笑った。

「気がふさいでるみたいだし、ちょっと外、散歩でもしようか」





空を見上げると大きな雲がある。なんかちょっと美味しそうだ。そんなどうでもいい事を考えながら歩いていたら案の定つまずく。

「危なっかしいね」

手をつかまれてこけることはしなかった。咄嗟に支えてくれたマルコに感謝だ。ちょっと足元に視線を下げて、足も捻ってないし靴も変になっていない、それを確認してから顔をあげる。

「ありがとう、マルコ」

そう言って笑うと彼の顔がそっぽを向いていることに気づいてそちらを向く。あ、やばいのかも。と思ったときには遅かった。

「テメェ何人の女に手出してんだよ」

なぜそこにいたかもわからないジャンが、でも確かに握り合ったままの手を見ていて、完全に誤解していることは分かった。慌てて彼の手を離す。

「待ってよジャン、違うってば」

つまずいたから支えてくれたんだよ、と言うよりもはやく彼がマルコの襟首に掴みかかった。何か言えばいいのにマルコは何も言わない。

「おい何か言えよ」

ジャンがマルコに顔を寄せる。なんだか苛々してきた。いつだってこの人は短気で人の話を聞かなくて、そういうのも彼の1部なんだって受け入れて諦めたこともあったけど突然苛々が収まらないことに気づく。

「ジャン!」

「…んだよ」

彼の手を掴んでマルコの襟首を離させる。

「本当に何もないってば、ただつまずいたから支えてくれたの!」

「へー、お前はその支えてくれたマルコと散歩するためにそんな気合入れたカッコしてきたんだろ?」

身長差もあってかじろりと見下ろして、いやみったらしく笑う顔にとうとう怒りが沸点に達する。何様なの、と叫んでやろうと思った。ひっぱたいてやろうと思った。なんであんたのためにしたお洒落を人のためにしたと思われて、そんな見下すみたいな顔されなきゃいけないの、って。手を振り上げたら手首をつかまれた。

「マルコ止めないでよ」

「おーおー仲の良いことで」

苛立ちと悲しさが交じって変な気持ちになってきた。

「ジャン、良く聞けよ。これくらいで怒るなんて、そんなにセシリアが大事なら君が離さなきゃいいだけだろ」

マルコが落ち着いた、良く通る声でまっすぐジャンを見て言う。一瞬眉を寄せたかと思ったらジャンが突然はぁ、と肩を落として少し笑った。

「そんな女別に大事じゃねぇし」

彼が言い終えたとき、マルコからはずされた視線が私の視線とぶつかった。いつもは細くてきついジャンの目が丸くなる。

「お前何泣いてんだよ」

なんで私泣いてるんだろ。こんな奴のためにさあ。明らかに動揺してるジャンが手を伸ばしてきた。それも腹が立ってぱっと振り払う。気に入らないと言いたげに顔をゆがめたので何か言ってやろうかと思ったけどもういいや、それもめんどくさい気がする。泣いてる割に頭は凄く冷静なのが少し面白かった。

「死ねこの最低男」

とりあえずそれだけ吐き出して涙を拭いてから踝を返す。後でマルコには謝っておこう。


130612


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