そんな顔しないでよと言ってもゲルガーはただでさえ怖い顔をぶすくれさせて子供みたいに私を睨んでいる。図体ばかりでかいくせに可愛いところもあるもんだ。
「ほんとにお前と付き合ってると心臓いくつあっても足りねぇな」
「ごめんってば」
はぁと深いため息をついてベッド脇に座るゲルガー。で?と顎で私のケガをさす。説明しろと言うことらしい。
「えーっと、通常種討伐時に後ろからやってきた奇行種にこう…どかんと」
言いつつ私は拳をぶんと振る。この折れた肋骨と足はそれで殴られたときと吹き飛ばされたときに折れたものだ。奇跡的に仲間が討伐してくれて命に関わるようなことにはならなかったので本当に悪運が強い。今までにこういうことが実はかなりの頻度であってそのたびに命だけは助かってくるもんだから実は不死身なんじゃなかろうかとたまに思う。
「助かったから…生きてるから、いいでしょ?」
ごめんねとゲルガーの手を触ってそう言うといつもはりりしく釣りあがったままの眉を珍しく下げた。
「生きてたから良かったものの…ほんとお前は懲りねぇな」
「しょうがないよ、相手は巨人で私達は調査兵団だもの」
「そりゃそうだけどよ、そのまえに俺の彼女だろうが」
呆れたといわんばかりの表情でそうさらっと言ってのけるゲルガーに場違いだけれど顔が熱くなってくるのが分かる。そうだね、と言うと彼はにやにや笑って私の赤くなっているらしい頬をつまんでからかってきた。
「で、だ」
「ん?」
「いい加減俺もさ、酒飲んでてもお前が怪我したって聞くと肝が冷えちまうんだよな」
「心配させてごめん」
ゲルガーがぎゅっと私を抱きしめる。あたたかくて力強い、頼れる彼。
「頼むからもう心配させんな」
「わかった、気をつける」
「…ああ、そうか」
彼は身体を離してそれでも私の両肩を掴んで目を丸くした。なにか思いついたらしい。
「お前調査兵団やめろ」
「えっ…なんでっ!?」
あまりにも突飛な提案に私はお間抜けな顔をしていたと思う。ゲルガーはくつくつと笑って、それでも気がふれたわけでも冗談を言っているわけでもないようだった。
「辞められるわけないよ、だって、わかるでしょ、調査兵団はただでさえ人が少なくて…」
「それで思いついたんだが」
彼はとっても素敵なごく真面目な顔でさらっと言ってのけた。
「俺の子供つくったらいいんじゃないか」
私は意味が理解できなくてしばらく呆気に取られたままだった。子供をつくれ?って?つまり身ごもって前線から退けと、そういうことだろうか。そういうことだろう。
「おいセシリア何とか言えよ」
「だって……そんな、さあ!雰囲気とかさあ!なんなのもう!バカ!調査兵団だって頑張らなきゃなのに!」
私は枕をひっつかんでゲルガーの顔をぼすっと叩いた。それでも彼は楽しそうに笑っている。2回目叩こうと枕を振り上げたら手首をつかまれてそのままキスをされた。唇をちょっとだけ離してこっちを見てくるゲルガーが子供みたいな顔で怒る気も失せて大人しく2度目のキスを享受する。
「俺は調査兵団とかよりもお前が大事なんだ」
ゲルガーがそっと私の髪を手で梳いた。その手つきがあまりにも優しくて何も言えなくなる。
「だからお前は家で俺の帰りを待ってるだけでいい。もうあんなのと戦わなくていいんだ」
な?と彼が笑う。それに頷いてしまいそうになる。頷きたい、普通の人と同じような幸せを手に入れたい。でもそれは私が調査兵団から逃げることになる。それっていいんだろうか。
「お前は優しいから…考えすぎんな。お前はどうしたい?」
「……ゲルガーと」
泣きそうになった。
「ゲルガーと一緒にいたい、です」
「おう」
それからまた抱きしめられた。そのままの体勢でゲルガーが喋る。
「お前が何考えてるか分かるよ。お前が居なくなった穴も俺が埋める。責任持って俺が巨人を倒す。そんでお前のところに帰ってくる。どうだ?悪くねーだろ」
きっと今凄く眩しいくらいの顔で笑っているんだろうなと思った。彼の表情は分からない。もしかしたら不器用で優しい彼のことだから本当は泣きそうな顔をしているのかもしれない。
「うん」
出来るだけ震えないように、はっきりと返事をする。そうこなくちゃな、と彼が笑った。セシリア、と彼が私を呼ぶ。優しい声色。
「俺と結婚してくれ」
「うん……。うん……」
彼の厚い背中に手を回す。ぎゅっと抱きしめると同じくらいの力で抱きしめ返された。彼が呼吸しているのが分かる。心臓が脈打っているのが分かる。笑っているのが分かる。
「でもさあ…最初の子供作れってなんなの…」
雰囲気とかさあと泣きそうになるのを堪えてそう言うとゲルガーがはは、と笑った。彼もちょっと自覚はあったらしい。抱きしめられたまま、頭をなでられる。
「指輪買ってきてやるよ」
「ほんと?」
「おう、カッコがつかねーだろ」
「気にするんだ」
まあなと彼が言う。
「あとお前ロマンチックなの好きだろ」
「わかってるならもっと雰囲気あるところで言ってよ…」
「十分あったと思うけどお気に召さなかったみたいだな?」
「ううん…十分」
幸せだよ。十分幸せだ。ありえないくらいに。
「じゃあさ、指輪に文字彫ってもらうか、お前が好きそうな言葉」
「えっいいの?」
「おう、いいぜ。なんだ、歯の浮くような台詞がいいんだろ?」
「なにそれ!」
軽く彼の背をぱふっと叩く。彼が身じろぎしたので身体を離すとじっと見つめてきた。髪を撫でながら「泣きそうだな」と眉を下げて彼が笑う。目元に唇が落ちてきて、それから唇がまた重なった。キスをしつつ肩を軽く押してきてそのままベッドに体が沈む。ゆっくりとついばむようなキスを何回か繰り返して、そのうち舌が入ってきた。熱い。舌が絡んで息がしづらい。でも幸せだった。
「……続きは怪我が治ったらな。覚悟しとけよ」
熱っぽい視線で彼が私の濡れた口元を拭いてくれる。軽く彼の腕を叩くと額をぱちんと軽く叩かれた。
「子作りしねーといけねぇんだからさっさと治せ」
「だから言い方だってば」
私は額を押さえたまま口を尖らせる。でもそんなぶっきらぼうな言い方でもとっても幸せそうに目を細めて彼が言うものだからまあいいかな、なんて。
「セシリア…愛してるよ」
珍しくそんな言葉をくれたので心臓が跳ねた。お前は?と自信ありげな顔で聞いてくる彼がちょっとずるくて悔しいけれど私も愛してるよと言った。そのときの彼が目をきゅっと細めて少し目じりを赤くしながら笑うものだからこんなに愛おしい人がいるなんてと胸が一杯になる。彼は不器用だけどこの世界の誰にも負けない素敵な眩しい人だ。
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