「何か飲む?」
「ビールある?」

 部屋の中は野郎独り暮らしにしては片付いていた。程なくして差し出された缶ビールと広げられる柿の種。テレビで下らないバラエティーを流しながら、ぽつりぽつり会話を交わす。気兼ねのない沈黙が心地よい。


「暇ならヤる?」


 心地よくて、そんな台詞でさえうっかり自然に聞こえてしまった。

「……え?」

 いやいやちょっと待て。何をと訊かなくてもそのカタカナ発音ではっきりと分かる。何をが問題じゃない。

「ん?」
「んじゃねぇよ!!俺にそんな嗜好はない」

 確かに、俺はこいつを好きになってきていた。しかしそれはあくまで友人としてだ。こいつにとっては残念なことだが、俺は純然たるノーマルだ。

「あれ?」
「……」

 長い沈黙。先程までの安穏とした沈黙ではない。睨み付ける俺と、驚いた顔の久々知。





「……悪い」

 不意に久々知が腕で顔を覆った。

「悪い。本当に悪い。俺が勘違いしてた。悪い」

 覆われていない顔の下半分は、元々色白なのに更に血の気が引いていて、その動揺っぷりにまるでこちらが悪いことをしている気分にさせられた。久々知は悪い。と何度も何度も繰り返す。

「いや、分かってくれたらいいんだ」

 そう言わざるを得ないような雰囲気に負けて、関係修復も込めて選んだ言葉は、帰ってくれと一蹴された。

「悪かった。もう今日は帰ってくれ」
「そんなに気にしてないけど」
「駄目だ…。俺はこんなナリしてるから、興味本位で間違い起こす奴もいるし、俺だって、傷付くこともある。それに俺は…」

 俺はそんなに馬鹿じゃないし、間違いなんか起こすかよ。と思って気付く。これは、抱く気はないけど気があることは知っている女のうちに転がり込むような行為で、久々知はその残酷さを言っているのだ。

「勘違いしたのは悪かった」

 表情は見えないが口許は酷く歪んでいた。
 更に、頬を一筋涙が伝った。

「…帰る」

 殊更ゆっくり立ち上がり、部屋を出る。しかしもう言葉がかけられることはなかった。




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