二度目の邂逅は予想以上に早かった。と言うか、二度目があるなんて予想していなかった。
気怠い午後一の講義。統計物理学なんてまず頭に入らないが、出席がヤバめなので仕方ない。返事だけして逃げようと一番後ろの一番出口に近い、一番人気の席に陣取った。授業開始まであと20分。缶コーヒーでも買いに行こうかと、落ち着けた腰を浮かせたときだった。
「あ」
頭上から落ちてくる低音。見上げれば昨日謀らずも助けた男だった。
同じ大学で同じ学部かよ。何か気まずいな。会釈とも何ともつかない何かを曖昧に返して、近寄るなオーラを出す。しかし通じないのか、男は俺の一つ前の席に腰を降ろした。
「あんた同じ大学だったの?」
「そうみたいだな」
素っ気なく返せば、何が面白いのか、ふふんと笑った。
「へぇ。何か偶然」
「あぁ」
全く頂けない偶然だ。そもそもむしゃくしゃしていたという極めて利己的な人助けだし、無駄に覚えている口論から察するにソッチの人だし、余り関わり合いにはなりたくない。
相手が口を開く前に席を立って(勿論バッグで席はキープ)、コーヒーを買いに行った。ついでに一服して、授業開始ギリギリに教室へ滑り込む。今度は男も振り返らず、一息吐いたところで老教授が入室した。
そこそこの人数が集まっているのに出席は点呼式。融通の利かない教授の声はくぐもって聞き取り辛く、室内は自然と静かになる。
「久々知兵助」
目の前の男が返事をした。久々知兵助。何度か口内で名前を反芻して、そんな自分に悲しみを覚えた。何で関わり合いになりたくない男の名前を覚えようとしているのか。自分で自分がよく分からない。
「鉢屋三郎」
とりあえず、自分に対する嫌疑は脇に置いておこう。本日の最重要課題である出席を、投げ遣りな返事で果たす。さぁ帰ろうかと教授の様子を窺っていると、前の男がくるりこちらを向いた。
――さ ぶ ろ う
ゆっくり唇だけが動いた。大きな瞳を一回瞬かせ、また元のように前を向いた。
その、いやに赤い唇だとか、大きくて睫毛が長くて少し潤んだ瞳だとかが脳裏に焼き付いて。
不本意ながら俺は、講義の最後までぼんやり席に着いていた。
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